TTTop Runner Talk
2015.09.29

スカラー候補生 定例プログラム

ありのままの生き方
福島智(バリアフリー研究者)

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9月29日、30日に開催されたROCKETのトップランナー講義は、福島 智 氏による「ありのままの生き方」。福島氏は東京大学先端科学技術研究センターの教授であり、専門はバリアフリー。福島氏は見えない(全盲)、聞こえない(ろう)、つまり盲ろう者です。世界で初めて大学に入学した盲ろう者はヘレンケラーが有名ですが、福島氏は日本で初めて大学に入学しただけでなく、世界で初めて盲ろう者として常勤の大学教員になりました。2001年から東京大学へ入職し、現在は 教授に就任されています。

 

「僕は9歳の終わりの頃に見えなくなり、18歳で聞こえなくなりました。スカラー候補生のみなさんと同じくらいの歳ですね。」と福島氏は話を始めました。

 

視力を失った小学校4年生のときに地元の神戸市の盲学校へ移り、高校からは東京の盲学校へ進学。そして、高校2年生で聴覚を失った時のことを福島氏はこう語りました。

 

「耳が聞こえなくなって、すごく困った。目が見えないということで、耳に頼って生活していたし、コミュニケーションも音楽もスポーツもできなくなってしまった。聞こえなくなったときは神戸の実家に帰っていましたが、両親や兄弟と会話ができない。何が困ったって、それが一番困った。」そして、福島氏は試行錯誤しながら現在のコミュニケーションに至った経緯を語りました。

 

仕方がないから、点字で筆談しようと思った。でもこれはすごい時間がかかる。そこで、点字タイプライターを使うことを考えた。点字を書くよりは少しは早く打てる。しかし、タイプライターは重いし、病院の待合室などでは使えない。なぜならうるさいんですよ。それに、自分が動き回っていたりするとタイプライターは使えない。

 

ある日、母親が指点字を思いついた。タイプライターのイメージを残しながら、母親が点字を僕の指に打った。最初の言葉が「さとし、わかるか」。自分はいつかすごい方法を見つけてやろうと思っていたが、母親のアイディアを超えるものは見つけられなかった。

 

東京の盲学校に戻って、周りの友達に「こんな方法があるんだよ」と指点字について話したら、すぐにわかってくれて、みんなと話せるようになった。それがすごくうれしかった。そして世界が広がっていった。

 

「しかし、その後、僕はすごく落ち込んでしまった。」

 

例えば、クラスでみんなでワイワイ雑談している。そこでクラスの子が自分のところへきて指点字で話してくれる。でも、話している相手の言葉しか読めない。

 

それは人が突然現れる感じ。真っ暗で静かな地下の穴倉みたいなところに自分はいて、その部屋に窓があって、この窓の向こうに数え切れない人がいる。窓のところに人がきて、5分か10分話をすると「じゃあね」とその人はいなくなってしまう。それが繰り返される。

 

話しに来てもらえるのはうれしいけれど、すぐにみんなどこかへ行ってしまう。

 

指点字という方法がある。だから話をすることはできるはずなのに、僕はつまらなかった。

 

つまらないのは、みんなの話に溶け込めないからだなぁ、と気づいた。

 

この壁をやぶる方法として、通訳という方法が出てきた。通訳者の助けを得ることでコミュニケーションができるようになった。2人だけの世界では広がりはない。だけどそこに3人目の人が入って、発言をしている人の名前を書いて、発言内容を伝える。劇の台本みたいに、泣いているとか笑っているとか、状況説明をする。この方法で僕はやっていけると思った。

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次の大きな壁は大学進学だった。

 

日本は前例がないことにはすごく抵抗がある。現役のとき、大学が受験をさせてくれなかった。共通一次を受けることはいいけれど、二次試験を受けられては困る、という大学もあった。これはつまり、試験を受けて成績が悪いから落ちるということではない。試験を受けても、そもそも大学に入れないということ。

 

自分の実力ではなく、大学の都合や日本の社会に前例がないから無理なんですと言われるのは、腹立たしいこと。父親からも、大学に行ってこれ以上大変な思いをしなくてもいいんじゃないか、と言われた。僕は嫌だと思った。現実が厳しかったから戦わざるを得なかった。

 

そして、1年間浪人をして、大学へ進学した。その後も色んな壁にぶつかってきた。

 

とにかく、自分がやりたいこと、やってみたいと思うことを簡単に諦めないで取り組むことが大事だと思う。実際のところ、実現は無理ということもあるけれど、やってみないとわからない。私の経験では、やってみると案外いろんな可能性が出てきて、いろんな助けが出てきて、自分では思いつかなかった方法が出てきて、壁がやぶれることがある。

 

それまで静かに話を聴いていたスカラー候補生たちから、次々と質問が出てきました。一部を紹介すると…

 

「全盲になって逆に見えるようになったことはありますか?」

 

「耳に神経を集中するから耳がすごく敏感になる。声のトーンやちょっとした声の響きの変化で、その人が本当はどう思っているのかがわかるようになった。でもそんなに素晴らしいことはないかな」と福島氏は笑い、そして続けました。

 

あと、どうして見えなくなったんだろう?ということを考えるようになった。色々できなくなったことがある。辛さや苦しさや悲しさがある。それを見つめながら生きていく。そういう姿のなかに生きていく意味があるんではないか、と考えた。そういうことに気づいていけたことがよかったなぁ、ラッキーだったなぁと思う。

 

「周りに変わってほしいこと、求めていることはありますか?」

 

福島氏は「それは色々あります。あなたはある?」と質問を返しました。スカラー候補生は「まずは学校に行かないといけない、みたいな風習がなくなるといいと思う。」と返答しました。

 

「そうですね。多くの人がルールに従っていて、でもそのルールに従えない人がいて、そういう人がいることを社会は想定していない。それが困ることにつながる。僕はやわらかい社会になるといいなぁと思っている。僕のような条件であれ、違う条件であれ、ルールに従えない困難を持っている人がありのままに生きやすい社会になっていくこと。それがやわらかい社会だと考えている。」

 

いくつもの困難な壁に阻まれそうになっても、志をもって突破し、日本の社会に前例を残してきた福島氏の姿や言葉。スカラー候補生たちは福島氏の言葉を胸に、近い未来にどのような前例を作っていくのでしょうか。

 

 

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