TTTop Runner Talk
2018.01.18

スカラー候補生 定例プログラム

イメージを形にする
片岡輝(詩人、児童文学者)

2018年1月のトップランナー講義は詩人、児童文学者の片岡輝氏による「イメージを形にする」。片岡氏は1933年に中国の大連に生まれ、一時帰国後、少年期を北京で過ごします。中学生時代、ホメロスのオデュッセイアを読んだ影響で、詩の創作を始めます。片岡氏の詩には音楽が伴う場合が多く、『とんでったバナナ』や『グリーングリーン』など誰もが口ずさんだことのある歌になっています。今回のテーマは「イメージを形にする」。さて、どのようなお話になるのでしょうか?

片岡氏はまず、チュコフスキーという詩人が行なった研究を紹介します。チュコフスキーは子どもたちがどのような歌に合わせて遊ぶのかを観察し、分析した結果、そこに一定の法則性を見つけ出しました。場面の展開や言葉の繰り返し、発達段階に即した言葉づかい、ストーリーの意外性など、その法則性は現代にも通じるもので、多くの詩がその法則によって解析できます。

 

法則に興味津々のスカラー候補生たちに片岡氏はこう問いかけます。

「でも、その法則性だけで全てを表現することができるのか?」

そんなことはありません。表現者は何かの「衝動」があってそれを形にします。その表現の元になった衝動とはどのようなものなのでしょか?

どこからうまれてくるものなのでしょうか?

 

現代ではテレビなどでドキュメンタリー映像を見て世界を知ることができます。テレビのない当時の人々は図鑑などによって、それを理解しようとしました。片岡氏は『キルヒャーの世界図鑑』を取り出し、イメージは大いなる知識の術として紹介しました。また、『シュヴァンクマイエルの世界』では、話していることを図形化し、映像表現を通して人間が持っている深層を表現したのではないかと推測しました。

ほかにも妖怪画集を紹介しました。あえて、タブーや模範を無視して自分のイメージの中に浮かぶものを表現することもあるのです。

空想の世界、誰も見たことないイメージはこの世に存在しませんが、既存のものの組み合わせによって現代の人間が生み出していくものなのでしょうか。

 

ここで、子どもからの質問がありました。

「自分の作品を他人に理解してもらいたかったり、理解してもらったりすることはありますか」

片岡氏があると答えると、質問が続きました。

「理解してもらった人とはどのような感情が生まれるのでしょうか」

「表現者にとって自分の作品を理解してくれた人に対しては仲間意識を持ちます。親が子どもの作品をとても大切に保管することがありますが表現者(子ども)にとってはその表現するプロセスが大事なのであって、出来上がった作品はウンチと同じで、どのように扱われるかはそんなに大事ではないのです」

 

次に話題はSFに移ります。昔の人が思い描いた夢とかイリュージョンは、現在、科学技術の進歩によって実現しつつあります。空を飛びたいという200年前の人々の夢は飛行機という形で実現しました。

実は未来は頭の中にあって、それを実現させるために技術進歩の方向性を決めていたのではないでしょうか。こういうものを実現したいという「思い」が未来をつくっているのです。

 

では、未来や新しいイメージとは大昔から脳の中に組み込まれていて、それが発現することなのでしょうか。

まだ見ぬイメージとは、現代の人間が既存のものの組み合わせによって作り出しているのか、それとも大昔から脳の中に組み込まれていて、それが発現するのか、いずれにしても、表現をする際、先人たちの存在を無視することはできません。

どうやら「何かを表現したい」ということは人間の根本的な欲求であったようです。では、表現における「オリジナリティ」とは一体何なのでしょうか。

 

「表現」とは、「先人たちが生み出したことを基本としながら、自分がそれを再構築していること」だとすると、自分の情報だけにこだわらず、他の情報を取り入れてそれを消化して、まず形にすることが大切になります。そのように「表現」を考えていくと、「オリジナリティ」はそこまで重要ではありません。作品を世間がどう評価するかもあまり本質的ではありません。勇気をもって形にして、他の人が作った作品と挑発し合いながら発展させることが一番大事なのです。

その後もスカラー候補生たちからは次々と質問が飛びます。「プロパガンダとアートの関係は?」、「アートはモノなのか?それともそこに入っていくための世界なのか?」、「事実をまとめることは簡単だけど、そこにアートの要素を加えることが大事になっている。実はアートかものかという対立は存在してはいけないのではないか」、アートについての議論はつきません。

 

関連するプログラム