北海道の大地で炭焼き窯を再生し、最高の炭を作れ!

2016年6月〜

北海道でのプロジェクトの途中、十勝の森で朽ち果てた炭窯が発見された。
調べてみると、それはなんと国内屈指の炭焼き職人が監修した窯だという。今は朽ち果てたその炭窯も、ひと昔前は国内屈指の職人のもとで高質な炭を生産し、豊かな商いとなっていたという。そんなある日、その職人から「本気ならば炭焼きを教えてやっても良い。」と連絡が入った。

「教えた通りにやれば市場価格の2倍はする炭が焼ける」

そう話す職人からの情報を聞いてプロジェクトは始まり、子供達の議論も始まった。「焼くには窯がいる!」「炭焼きの技術からやってはどうか?」「いや、リサーチが先です!」どっちつかずのミーティングをしながらも「とりあえず現地にいって話を聞くしかない」とまとまり、職人の話を聞くため北海道に旅立つことになった。

子供達は現地で森に入り、炭に適した木を探し、意気揚々と窯の調査に取り組んだ。しかし職人と会う肝心な日、なんと揃いも揃って集合時間に集まり損ねてしまったのである。「自分にはこれしかない」と70年以上炭焼きを続けてきた職人は、集合時刻に遅れてあたふたする子供達を尻目に、淡々と炭に関することを語るのだった。
結局、職人と一緒にいれたのは数時間だけだった・・・

「このままでは帰れない!」と残された一日、試行錯誤で炭をつくることになった。ドラム缶や岩で窯と同じ原理の簡易の炭焼き窯をこしらえた。木を集め、薪を割り「火を絶やすな!」と子ども達は代わる代わる、一昼夜、我を忘れて火を灯し続けた。
そうして、自作の炭ができあがった。

一ヶ月後、自分たちでつくった炭を試してみた。結果は、着火しにくく、着いたと思えばすぐ消える、職人の炭とは比べ物にならなかった。

職人が語ったことは、炭焼きのほんのごくごく一部にちがいなかった。そうした機会を掴み損ねてしまった原因と結果を前に、子供達が口にする理由はどこか他人事なものばかりだった。「そしたらさ、これからどうするの?」と問えば、子供達は再び集まって話し始めていた。

「炭焼き」をしようものならば通らなければならない、調査、目的設定、段取り決め、協力者への説明といった数々のプロセス。ユニークな子達が一同に集まれば、計画通りに物事が進まないこともしばしばだ。しかし、だからこそ、そんな状況に当の本人達がいかに対処し、他人を巻き込みプロジェクトを進めるか。決して1つではない方法の中から、自分達なりの解決策を模索するのであった。

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