ディレクターのフューチャーナビ

vol.023
コレクター

昔から物を集めるのが好きだった。私が子どもの頃はお金がなくても集めるものがいっぱいあった。思い出してみれば、木の葉、どんぐり、牛乳瓶の紙蓋、瓶の王冠、使用済み切手、絵葉書、貝殻、海草、昆虫、蜘蛛、お菓子の箱、車のカタログなど限りがない。あんなに一生懸命集めたのにいつのまにかブームが去り、残っているのは車のカタログくらいだろうか。きっと自分でも知らぬ間に親に処分されたのだろう。でも新しいものを探す時のワクワク感や探していたものが見つかった時の感動は未だに忘れない。大人には簡単に見つけられるものでも、子どもの限られた生活範囲の中で見つけるのは大変だった気がする。あの山の向こうに行けば珍しい昆虫がいるに違いないと思っても、子どもの足では行くことが出来なかっ

た。科学雑誌の文通欄で各地の昆虫マニアと標本を交換するのが、遠くのエリアの昆虫を得る唯一の手段であった。

大人になって免許を取ってどこにでも行けるようになり、お金を出して買えるようになると、コレクターは収集の難易度を上げていかなくてはならなくなる。四国の大学に就職してからは、動かなくなった数十年前のフランス車を集めるようになった。部品を取るためだけに、同じ車を何台も集める。インターネットが普及すると中古部品在庫も情報化が進み、廃車ヤードを廻らなくても、世界中から部品や関連する雑誌や書籍が容易に集まるようになった。一気に目的が達成できるようになったものの、何だか寂しい気がする。

東京に転勤することになり、集めた車と部品は処分したが、コレクターの虫は変わらなかった。今は椅子が増えすぎて椅子に座れない状況が生まれつつある。部屋に隙間なく椅子を置いて積み上がって行くと、椅子には座れなくなるからだ。集めた椅子をきちんと整理しているわけではない。古くなり傷んだ椅子を見たら修理したくなり、また、他の椅子との構造や座り心地を比べてみたくなる。「使わない椅子を貯めてどうするのか?」と言われるが、何も考えていない。ただワクワクするという理由だけだ。コレクターになって唯一良かったと思う点は、目利きの力が増してきて、様々な分野の目利きたちと楽しく話ができるようになった事である。それが今の仕事に最も役立っている。

今は昔に比べて、何でも買えて、どこにでも行ける時代である。子どもが何にでも興味を示す点は変わらず、お金をかけず集められるものも変わらず存在する。しかし、子ども達にとってはコレクションのハードルが少し上がっている。また、そんな変なコレクションをする子ども達を黙って見守る余裕が多くの人になくなった。「忙しくて時間がないからカブトムシはお店で買おう」「そんなもの集めるよりも勉強しなさい」と言われる場面が増えている気もする。コレクションは他の人にとっては理解不能なことが多い。でも子どもがワクワクした気持ちを感じる貴重な体験である。小さなコレクターのためには、何でも買い与えず、どこにでもすぐに連れていかず、子どもの生活にはちょっとだけ制限をかけておくべきだと思

う。ゲームや玩具がなく、家とその周辺に活動を制限されると、子ども達は必死に何かを探し始めるに違いない。

中邑 賢龍

vol.022
10万円持って来い!

「来月までに先生に10万円を持って来いと言われた」と子どもから聞いたらみなさんはどう感じるであろうか?これが学校だとすると「「ひどい学校だ」、「先生が恐喝するとは」と批判を受けるかもしれない。

今、北海道の原野に炭焼き窯を再生するプロジェクトがROCKETの中で進んでいる。先月は傷んだ釜の解体作業を子どもたちと一緒にやってきた。その建築資材を購入するために、我々を含めてみんなの私費で200万円調達しようというのが「10万円持って来い」という発言の真意である。嬉しいことに、このプロジェクトに参加した子どもたちはお金を持って来いと言われたと思っていない。お金を集めなければと感じている。自分たちでお金を出資してリスクを背負って炭を焼き、売って儲けてみるという、子どものビジネススクールを実施していると考えれば分かりやすいだろう。

考えてみれば「子どもはお金を稼がなくていい」という社会がいつのまにか出来上がってしまっている。子どもを働かせるのは違法ではないかとよく言われる。児童労働について調べてみると、憲法第27条第3項で児童を酷使してはならないと定められており、労働基準法や児童福祉法などでは児童労働を禁止、ないし制限している。雇用関係がある就労に限って言うと、15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了する日以降からを適法な労働者としている。しかし、全く労働を禁止している訳ではない。13歳以上、15歳以下の者については、新聞配達など「年少者にとって有害でなく、軽易な労働を修学時間外にさせる」など条件を満たした場合、労働基準監督署から許可を得る条件付きで労働を認めており、13歳に満たない者の就労

についても、映画の製作、演劇の子役などは修学時間外にさせることを条件に認めている。雇用関係のないお手伝いでお駄賃をもらうことは、子どもたちを酷使しない限り問題なさそうである。

ILOの統計によれば、開発途上国では1億6千万人(子どもの9人に1人)が児童労働に従事している。その実態は酷いものであり、その子どもは保護されるべきだと私も思う。しかし、受験勉強が優先され、家庭でのお手伝いさえさせなくなった今の社会もまた問題である。

ROCKETでは好きなことをして生きればいいと子どもに伝えている。でも好きなことだけやって稼ぐのは容易ではない。お金を稼ぐというのは、自分の労働を提供した対価として他者からお金を受け取ることであり、他者に雇用されている限り、必ずしも自分の好きなことばかりできる訳ではない。社会ではむしろ好きなことをして収入を得ている人は少数派である。

好きなことをして生きていくなら、他人の会社に入るのではなく、自分でお金を稼ぐ方法を身につけるべきだと常々考えている。しかし、実際には働いてお金を得た子は多くない。子どもに手伝いをさせるよりはまず勉強、と言う親も多い。私はその逆ではないかと思う。お手伝いこそが生きるための勉強の第一歩であり、その中で「働くことの面白さ」、「社会の理不尽さ」、「自分の知識や能力不足」、「学校の学習の意味」など学ぶことの意味を考えることができると思っている。子どもたちの多くは月々自動的にお小遣いを受け取っている。しかし、手伝いも無しにお小遣いがもらえるのでは、子どもはお金を稼ぐことの意味を理解できないだろう。毎日、言われなくてもお手伝いをしてお小遣いをもらうのが筋であり、家

庭でのビジネス教育の第一歩となる。そこでは、子どもに対する甘やかしは禁物である。お手伝いであっても無断欠勤は許されない。自分の気が向いた時だけお手伝いをするなど言語道断である。

高校生になったK君がアルバイトを始めた。「いくら貯まった?」と聞くと、「4,000円!」との返事。10万円以上の価値のある4,000円だと思い、嬉しくなった。

【中邑 賢龍】

異才発掘プロジェクトROCKET ディレクター。東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は心理学。

vol.021
ミーティングのスタイル

学校に行くと、電子黒板で情報を共有し、グループで協働学習を行う場面をよく見かけるようになりました。文部科学省はICTを活用した学びのイノベーション事業の中で、協働学習によって「タブレットPCや電子黒板等を活用し、教室内の授業や他地域・海外の学校との交流学習において子供同士による意見交換、発表などお互いを高めあう学びを通じて、思考力、判断力、表現力などを育成することが可能となる」と位置づけています。

先日、国際的に著名なデザイナーのオフィスで、仕事の進め方を聞く機会がありました。そこでは、様々な領域の人が開放感あるおしゃれな空間で頻繁にミーティングを持ち、ICT、機械、材料など最新の技術情報やデザインアイデアを共有し、議論し、実現可能なアイデアにつなげていきます。その様子は活気に満ち溢れ、スピート感もあり、見ていてワクワクするものでした。小中学校で協働学習に参加している子ども達の未来がそこに重なりました。

一方、ROCKETの子ども達は協働学習が苦手な傾向があります。興味のない話題でディスカッションしたくない、急かされるより自分でゆっくり進めたい、などの理由で協働学習を避けがちです。

私の研究室には様々な領域の人がいます。彼らと決まった時間にミーティングする訳ではありません。たまたま通りがかりに話が盛り上がると、その続きでおしゃべりが始まります。彼らと何かのテーマについてアイデア出しをすることもほとんどありません。ロボットクリエーターの高橋智隆さんやアーティストの鈴木康宏さんとの時間は、面白い道具の見せ合いで終わることがほとんどで、議論とは言い難いかもしれません。私は彼らの仕事に口出しをすることはほとんどなく、彼らもそれを望んでいません。先に述べた協働とは対極のスタイルです。今の時代、一人でアイデアを生み出し仕事を進めていくのは効率的ではないかもしれません。でも、だからこそ生まれるものがあるのも事実です。

どちらが重要かという議論はここでは意味を持たないでしょう。どちらも重要なものです。学校教育の中では協働学習に参加できる子どもが大半であり、彼らはそこで学ぶものがあります。一方、ユニークな子どもにとっては苦痛な時間かもしれません。彼らには一人で何かを取り組む自由が与えられてもいいような気がします。個人個人の特性に応じた仕事の進め方が尊重されてこそ、真の意味で多様なアイデアが溢れるイノベーティブな社会になると感じています。

【中邑 賢龍】

異才発掘プロジェクトROCKET ディレクター。東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は心理学。

vol.020
グレーの持つ意味

新しくなったHPに合わせて新しいニュースレターがスタートする。その最初のタイトルが「グレー」とは何とも暗い雲が立ちこめる冬空のようである。「グレーゾーン」「グレーな人」「ネズミ色」といった言葉がネガティブな響きを持つため、「グレーなROCKET」と言えば、みんな引いてしまうかもしれない。逆に「白」「黒」というのはコントラストがはっきりして気持ちがいい響きがある。でもなんだか面白くない。

僕は昔グレーが嫌いだった。車を見てもなんでネズミ色の車を買うのか不思議でならなかった。それがいつしかグレーの格好良さや面白さに気づいて来た。最近はグレーのボディに渋い赤の革シートの車等を見るとしびれてしまう。グレーの空はグラデーションがあり皆違うのでその変化は見ていて飽きない。冬の北の海はそんな楽しみがあり、私の心を揺さぶる。

ROCKETは何をやっているか分からないと言われる。それほど我々の対象としている子ども達の範囲がグレーで曖昧である ことに起因している。もっと分かり易くして下さいと言われても、この何だか分からないグレーな間口のプロジェクトだからこそ様々な人がコンタクトを求めて来るような気がする。実際にROCKETにはいろいろな相談が舞い込む。異才発掘プロジェクトと関係のなさそうな相談もある。社会の専門化が進み、高度なサービスを提供する機関が増える一方で、相談の間口が狭くなり、グレーな人たちが行き場を失っている感じがする。異才発掘プロジェクトが彼らを吸収出来るなら、これからもグレーであり続け、余裕がある限り様々な相談を受け続けたいと思う。

4月からコミュニティナースという活動を始めたナースがチームに加わる。出来るだけ看護師らしくないから、病気かどうか分からないグレーな人の悩みを吸収出来るのがコミュニティナースのポイントである。病気だとはっきり自覚するまで多くの人は病院にかからない。村の広報を届けた女性に「おじいちゃん顔色悪いけど大丈夫?」という会話から何となく相談したら実はナースだったというのがコミュニティナース。そんな何か分からない専門職の人が増えるといいなと思う。

社会はルールを明確化し、責任の所在をはっきりさせる方向に向かっている。だからみんな責任を負わないようにさらにルールを厳格化する。 つまらない社会である。曖昧で良い意味でグレーなプロジェクトとしてあり続ける事がROCKETの存在意義かもしれない。

中邑賢龍

vol.019
コーヒーカップ

研究室はコーヒーカップやティーカップであふれている。どうも蔵書の数よりカップの数が多くなった気もする。「おしゃれな部屋ですね」と褒めて下さる方がいれば、「ここは雑貨屋さんですか?」といぶかる人もいる。

研究室では毎朝コーヒーを飲みながらミーティングをする。昔、白いカップでコーヒーを飲んでいた頃は、誰もカップを気にかけなかった。汚れてきても、ヒビが入っても、よほどカップがひどい状態になるまでは、誰も気に留めない。職場の多くのカップはそうやって使われて最後は処分されていた。

研究室では常に新しい発想が求められる。これまで長く解決できなかった課題を解決するのに、従来の方法を繰り返していたのでは駄目だと思う。「同じことをしてもつまらない」とスタッフを挑発するが、「何をしていいか分からない」と困惑の顔が見える。

そこで、研究室では毎日同じものがないように変えてみた。日々の生活をパターン化してしまえば何も考えなくていいのだから楽であるに違いない。でもそこからは何も変化が生まれない。そこで様々なカップを買い足していった。カップの種類だけでなく、椅子の配置、窓辺の置物も変えていく。コーヒーカップやティーカップが変わるとどのカップにしようかと毎日考えるようになる。カップの扱いが丁寧になり、小さな汚れや傷が気になるようになる。話題が広がっていく。そんな変化を私は感じている。

何かを変えようとしても一朝一夕にはいかない。特に人の思考スタイルや行動は注意しても指示してもそんなに変わらない。子どもの様々な行動を変えたいなら、日々の気付きが大切で、そのために家庭の中に日々の変化を持ち込むような仕掛けが必要である。窓辺の置物を交換する、家具を動かす、食材や調味料をいつもと違った物に変えるなど、毎日いろいろな変化を試してみてはいかがでしょうか?

 

中邑賢龍

vol.018
ROCKET流とは?

「ROCKETはなぜ子ども達を褒めずに挑発するのか!」と批判を受けることがある。子どもは褒めて育てるのが大切であることは間違いない。罰は一時的に行動を抑止することはあっても永続的な効果はない、と教育心理学の本は教えている。

ROCKETに参加する子ども達の中にはとても頑固な子どもがいる。困ると多くの親は専門機関に相談に行く。そこで発達障害ですと言われれば、自分の子はユニークだから仕方ない、頑固さを認めなければパニックが起きる、と考えるようになる。結果として褒められたことはあっても叱られたことのない子どももいる。そんな子は頑固とワガママの区別がつかなくなっている。叱られ慣れていない子どもを叱るのは大変だが、上手に叱り挑発することは子どもの意欲を引き出し、社会の道理や人との関係性を学ぶ上でも大切なことだと考える。

綱引きには根気がいる。綱引きはいきなり強く引いても動かない。引いては戻しを繰り返し、小さく引きながら関係を調整していく。ROCKETは家庭でその調整が難しくなった子ども達との綱引きの場である。

「ROCKETはよくわからない!ころころ変わる!」と批判を受けることもある。それはそうである。そもそもはっきりした基準がないのがROCKETなのだ。いつも1つの基準に照らしてプログラムを実施すると、必ず序列がつく。多様な子ども達がいるからこそ、ROCKETの中では様々な基準がその都度設定される。唯一あるのは「一人一人を潰さず、その個の有する個性や能力で生きる道筋を創るために、ROCKETでしか出来ないことをする」というゆるやかな方針である。基準によっては、社会で考られる優秀さと異なる軸で選考されることもある。今がその子を伸ばす一番良いタイミングだと思えば、立ち止まっている子どもを優先する場合もある。

社会のどんなプログラムでも定員や予算の制限がある。大学のトップ研究者すら研究費の申請に落ちるのだ。落ちたことをいちいち気にしていては先端の研究はできない。彼らはすぐに次のチャンスを求めていく。ROCKETはそんな生き方を教える場所でもある。

 

中邑賢龍

vol.017
アーティストの仕事

鈴木康広さんは東大先端研の1号館にアトリエを構えるアーティスト。2014年には毎日デザイン賞を受賞しているが偉ぶる様子もない。彼と一緒に先端研で暮らしていると面白い。炎天下のグランドに置いたスイカにカメラを向けて30分も動かない。何しているの、と聞くとスイカの写真を撮っていると言う。スイカはどう撮ってもスイカじゃないか、と思うのは凡人の発想。太陽の光が自分の思った光になるまで待ち続けるのがアーティストである。ただ、鈴木さんがこだわったそのスイカの写真がどうなったか、私はまだ見ていない。

打ち合わせはいつも立ち話。アトリエを訪れてもどうぞお座り下さいと言われたことは記憶にない。かといって忙しくて早く私を追い返したいという気配もない。そこから話は30分以上続くことも珍しくない。立っていることも忘れているに違いない。鈴木ワールド全開である。本当に自分の世界で生きている人だと実感する。

その鈴木さんがロンドンで開催されるデザイン・ビエンナーレに出展を依頼され作品作りに勤しんでいる。ROCKETの子ども達や近くの不登校の子ども達に声をかけ、作品制作に参加してもらった。毎晩遅くまで作業は続く。気に入らなければやり直し、アクリルの作品の磨き作業はどこまでやれば彼が納得するのか分からない。いつも好き放題に生きている子ども達が人の為に働かなくてはならないのはとてもストレスフルであるに違いない。そんな子どもの様子などおかまいなしに鈴木さんの指示はとぶ。子どもであっても容赦しない。時間がある限りベストな作品になるように作業は続く。

アーティストは一人のようで一人ではない。大きな作品を作ろうとすればするほど、多くの人を巻き込んでいく必要がある。有無を言わさず人を巻き込んでいく何かが必要である。それはお金や言葉で納得させることではない。突き抜けた技術か、変人としての魅力である。

話すのが苦手な子どもであっても作業になれば言葉はいらない。手先の作業だけが全てである。子ども達の技術は一緒に手伝う美大生には遠く及ばない。しかし黙々と作業を続ける姿は人の心を動かす。作業に参加した子ども2人が、9月にロンドンのオープニングセレモニーに旅立つ。

 

中邑賢龍

vol.016
最果ての旅

ROCKETの子ども達がPBL(Project Based Learning)の1つである最果ての旅から楽しそうに帰ってきた。それぞれ何かを見つけたようである。羨ましくなったので私も今、最果ての街を訪れている。古びた旅館の部屋はカビ臭く、歩くと床がきしみ、窓の外は朝早くからカモメが鳴きながら舞っている。でもハイテクな感じが全くなく、宿は人の温かい生活感が勝り、不思議と嫌な感じはしない。

昨夜は港祭りがあると聞き、花火を見に行った。開始直前だったので大混雑かと思いきや、岸壁は数十人程度のまばらな人。東京の花火大会の大混雑を想像して出かけた私には肩すかしであったが、嬉しくもあった。岸壁にたたずむ人たちから少し離れて地面にしゃがむ。しゃがんでも目の前に遮る人はない。本当に贅沢な花火である。1つ1つ間隔を空けて夜空に大輪の花が開く。1つ1つ噛み締めながら花火を見る。まだ明るさの残る空に、燃え尽きた花火の煙がゆっくり流れていく。その煙が風に流れるとまた次の花火が上がる。これでもかと言わんばかりに何百発も重なって上がる都会の花火と違い、静かに昔を懐かしみながら花火を見た。素敵な時間だった。

この街にも不登校や引きこもりの子ども達がいる。人が少なく静かな街は皆穏やかそうである。それなのになぜ子ども達が引きこもっていくのだろうか?かつては大きな漁港として栄えたこの街も、街を歩く人は少ない。それぞれの街にはそれぞれのストレスがあるのかもしれない。

最果てのこの街にもインターネットやゲームがある。世界中同じルールで動くのはこの街も同じである。ニューヨークも東京もこの静かな街も同じルールで人が動かざるを得なくなってきている。特に時間の流れはそうである。街にゆっくりした空気を感じても、受注競争や受験戦争はある。街で働く人たちや学校で学ぶ子ども達も物理的距離を超えて世界標準の流れの中に飲み込まれている。仕事や受験に必死にならなくても別の生き方を示せればいいが、それぞれのスピードや好みにあったその他の道が示せなくなっている。一生懸命頑張りなさいと言われて育った子ども達は、数少ない選択肢の1つであるゲームの中で一生懸命に生きているだけかもしれない。

受験以外の新しい道が必要である。そのためにアート作品制作、炭焼き、料理、自動車レストアなど様々な分野で新しい学びへの挑戦をはじめることにした。

 

中邑賢龍

vol.015
空想と実現

古くてユニークな車に乗っていると「いいですね」と声をかけられることが多い。でも実際に自分で所有する人はほとんどいない。面白い割に手がかかりすぎるからである。昨日も自動車ディーラーに整備の相談に出向いたが、こんな手のかかる車を持ち込まないで下さいよというオーラをスタッフから感じる。オリジナルでユニークなものを所有し続けるのは図々しさと、それを所有する苦労より、それを楽しむ気持ちが大きくなければやっていけない。

トップランナーとして走り続ける人たちは、創造的でユニークであるためにどのような生き方をしているのだろうか?あるアーティストは、予算など気にせずに、自分の空想する世界を具現化するため、深夜までアトリエで格闘している。あるクリエーターは、誰の意見も聞かず一人で黙々とロボット作りを続けている。ユニークな作品を生み出すトップランナー達と話をすると共通する部分があることに気づく。彼らの多くは専門領域以外の知識も豊富であり、自らの手を動かして新しいものを生み出している点である。

ロケットに集まる子どもの中には、空想の世界に生きている子どもも多い。幼児のころは誰にもあり失っていった世界が、中学生近くになってもまだ残っているとも言える。その上にインターネットで調べた知識が重なっている。インターネットは麻薬のような世界である。学校や図書館に行かなくても誰にも干渉されず、好きなだけ好きなことを調べられる。特に不登校の子どもは時間がたっぷりあるだけにその知識はすぐに大人を凌ぐようになる。子どもの口から「オイラーの定理」や「ビッグバン理論」といった言葉を聞くと、親が嬉しくない訳がない。褒められながら育った子どもは時に万能感に満ち溢れる。彼らは、トップランナーの作品さえ、CADOや3Dプリンターなどを用いれば僕にも作れるよという勢いである。確かに

工作についても手続き的には知っているのかもしれないが、彼らの知識はどんなに補充したところで文字ベースに過ぎない。実際に文字で書かれたシナリオを実現できるかどうかは別である。子どもが自分の興味関心に打ち込むことは重要である。しかし、全体が見えていない子どもの検索遊びは彼らを人間Googleに育てるだけだ。

創造的でユニークと評価される物も、実は多くの人が空想したアイデアであることも多い。それを具体的な形にできたから評価が得られたということを忘れてはならない。

ロケットに参加する子ども達は、よく泣きごとを言う。我侭を言う。中には逃げ出す子どももいる。そんな子ども達にも優しく声をかけ、褒めることは容易である。配慮ある教育の場ならそうすべきかもしれない。しかし、彼らが参加しているのは異才発掘プロジェクトである。初心に返り、彼らを厳しく突き放す。

 

中邑賢龍

vol.014
ROCKETチーム

「ROCKETプロジェクトではどんなスタッフの人たちが働いているのですか?」と尋ねられることがある。「少数精鋭たち」と答えたいのだが、そう呼ばれると有頂天になるスタッフもいるかもしれないので、「変人たち」と答えることにしている。関わるスタッフは何人いるかゆっくり数えたことはないが、ロボットクリエイターから建築家まで、とにかくいろんな変人たちがいろんな仕事をしている。基本的にはみんなROCKETの仕事以外に自分の好きなことをしながら生きる人たちである。その中で今回は子ども達と直接関わることの多いスタッフを紹介してみる。

プロジェクトリーダーは理恵さん。彼女は心理学を大学院で学ぶも中退。料理人になると関西に消えたが、3年後にROCKETプロジェクトに連れ戻される。料理研究と称し全国を食べ歩き、全国の子ども達に食の楽しさを教える傍らでROCKETの子ども達に突き抜けた料理を提供している。

チームリーダーの愛さんは看護師。姉の理恵さんに声をかけられて参加。船で世界一周の経験もある活動派でもある。研修中の病気や怪我には彼女の存在が心強い。看護師のアルバイトも続けながら新しい教育・医療・福祉のあり方を模索中。

コーディネータの裕美さんは主婦。昔は特別支援教育の研究をしていたらしい。10年間のアメリカ暮らしを経て、現地で生まれた2人の息子を抱えて帰国。日本の子育てや学校教育に戸惑いを隠せない。17時前には子どもの迎えがあるため研究室から消える。

マネージャーの多紀さんは舞台芸術が専門。世界で一番自由な学校と呼ばれる英国のサマーヒル・スクールを卒業した自由人。興味のあるイベントがあると研究室から消える。アーティストの通訳やコーディネータをこなしながらROCKETに参加中。

昨年度まで常勤の技術スタッフであった海平君も自由人。キャンパス周辺をフラフラと漂っている。ここに来るまでは引きこもっていたらしい。3月に突然俳優になると宣言していなくなってしまった。しかし、俳優業は閑古鳥が鳴いているようで、今のところ研究室の仕事をアルバイトに生活している。

4月からやってきたのがマルタク君。関西の大学でソーシャルビジネスの勉強をしていたとか。唯一常勤でなんでも出来そうな雰囲気を醸し出しているが、正体はまだつかめていない。専門性が見えてくると彼もそちらの仕事を始めるに違いない。

専門性がバラバラで、また、フルタイムでないスタッフを中心に運営されているROCKETプロジェクトに、外部の人は不安になるかもしれない。しかし、この組織形態だからこそ、ユニークな子ども達を受け入れることができると私は疑わない。スタッフの専門性が揃っていればどうしても懐は狭くなる。皆が揃っていないからこそ、自分にはできない他者の専門性への敬意が生まれ、ユニークさを受け容れることができる。働く時間の長さも問題ではない。非常勤だからこそ自分の好きなことで自己を磨くことができ、それが子どもの教育にも還元される。基本的にみんな苦手なことはあまりやりたがらない。自分のペースで自分にしかできない役割を果たし、苦手なことは外部の協力者も含め補い合っている。

ここまで読むと、ROCKETではスタッフ全員がバラバラに動いているように見えるかもしれない。しかし、ユニークな子ども達が生き生きと学び働ける社会の実現を願う点では心は1つである。この気持ちを強力な推進力に、今のROCKETはゆっくりと1つの方向に向かっている。お分かりいただけましたでしょうか。

 

中邑賢龍

vol.013
計画と偶然

私は昭和51年に免許をとって運転を始めた。昭和40年代のAMラジオがあるだけのポンコツ車は私をいろいろな所に連れて行ってくれた。今はあまり聞かないAMラジオも、当時は、まだ高価だったカセットステレオを持たない若者の、車の中での唯一の情報入手手段だった。アナウンサーに「退屈な話は早く終わって音楽を流してくれよ」と願いながら海岸線を走っていると、偶然、その光景にマッチした音楽が流れることがあった。まさに奇跡。その場に車を停めてその音楽に聴き入った。

音楽一つが流れるだけで気持ちがこんなに盛り上がることが最近は減った気がする。ウォークマン以来、音楽はどこにでも持ち歩けるようになった。あの浜辺で夕日を見ながらこの曲を聴きたいという望みが叶えられるようになったのは素晴らしいが、音楽を検索する作業で気持ちが冷めてしまう気がする。計画を立てた旅の中で聞くハイレゾの曲よりも、偶然流れるノイズの混じったAMラジオの方が、私にとっては間違いなく感動が大きい。

先日、秋田にROCKETの説明会に出かけた。時間があったので、ROCKETのプロジェクトベースドラーニングのネタ探しに、広く広がる田園地帯を訪れた。そこから帰る途中にあるお店に立ち寄り、店主に秋田駅に帰る道を尋ねると、「近いのはこっちだが、あっちは時間がかかるが眺めがいい」と言う。幸いその日は予定もなく、時間がかかる道を選んで走ると、目の前に日本海にまさに夕日がゆっくり沈む光景が広がった。音楽はなかったが、静寂の中の風と波の音がその光景に重なり、私にとって久しぶりの偶然出会った素敵な時間となった。

偶然出会った感激は、計画された感激よりも深く心に残る。その体験が新しい発想を生み出すことに大きな役割を果たしてくれると信じている。周到に準備された教育の中では偶然は起こりにくい。もっと時間があって自由で大きな空間の中でこそ偶然の出会いは起こる。そんな偶然の体験が生まれる教育とは何か?これからROCKETの子ども達と旅に出て考えてみたい。

 

中邑賢龍

vol.012
目的が明確でないことの意味

目的が明確でないプログラムをロケットの子ども達に提案すると大ブーイングが起こるのが常である。先日「山手線に始発から終電まで乗って 旅しよう」と子ども達に提案すると「時間の無駄だ」,「何 が得られるんだ!」.「意 味のない事はやりたくない」,「北 海道に行く方がいい」などと言いたい放題。「やってみなければ無駄かどうか分からないじゃないか」と反論すると「そんな事はやらなくても 分かる」と切り返される。

大人からするとゲームに興じて何の意味があるのかと切り返したくなるが、子どもにしてみればゲームの世界は得点で評価される点で大きな意 味をもつようである。無駄なエネルギーを使う事無く安全安心に楽しめるゲームは、「試験で良い点数をとらなければだめ」、「無駄遣いはだ め」、「危険なことはだめ」と教えてきた大人の理想に実は合致している。

ロケットに集まるユニークな子ども達は発想豊かに見えても皆同じような思考にあるように感じる。目的的に生きるようになったら、実は,そ の思考は目的の周囲にあってそこから大きく広がることは少ない。今こそ明確な目的無く行動してみる時かもしれないが、それを実行する勇気 のある子どもは多くない。不登校であり余る時間があるにも関わらず、目的無く時間を過ごす事をネガティブにとらえて苦悩する子どもも多 い。目的の無い時間をポジティブにとらえ、無目的の恐怖から解放される必要がある。

高校生の頃、夜行列車に乗って明確な目的無く旅していた頃を想い出した。音楽もゲームも電話も無く、出来る事は隣で眠る人を観察する事か 車窓を流れる町の灯りをじっと見続けることしかなかった。自分の事、友人の事、家族の事をじっくり考えながら夜が白んでくることを何度も 経験した。今は夜汽車ではなく飛行機で移動することがほとんどであるが、窓の外に広がる雲をぼんやり眺めながらいろいろな事を整理する時 間を過ごせるのは当時の旅があっての事かもしれない。

山手線の車窓を見ながら廻ると2週目からもほぼ同じ光景が広がる。一方、車内を見て座ると乗客は必ず1周する前に降りるので、常に違う光 景が広がっている。残念ながらゲームに慣れた子ども達は、自分の反応に対して即時に何らかのフィードバックがあることに喜びを感じてい る。黙って目の前の乗客を観察する事は苦行であるに違いない。「この人はどこでおりるだろう?」「このカップルはどんな関係なんだろ う?」などと想像する楽しさに気づく前に、その流れる時間を無駄だと考えそれを避けている。効率化された目的指向の社会に慣れた現代人の 多くは思考が収束してきている。だからこそ明確な目的の無い無駄と思われる時間を過してみる必要性がある。

ところで、終日山手線に乗っているためにはどんなチケットをどこからどこまで購入すればいいのだろうか?まだその答えは得られてない。で もガラパゴス島に向かうチケットをどうやって購入すればいいかを調べるのと同じ位に私はわくわくしている。

 

中邑賢龍

vol.011
ありのままに生きることの厳しさ

認知や性格に凸凹があり、学校や社会で上手くいかないと不安になるものである。中には病院に行って診断名をもらう人もいる。不思議なもので、診断名がつくと上手くいかなかったのは障害や病気があったからだと安心する。しかし、安心だけで上手くいかないことには変わりがない。そこで多くの場合、治療教育やソーシャルスキルトレーニングを受けようということになる。残念ながら人の特性はそう簡単に変わる訳がなく、長期間の努力に比して実態は大きく改善されないことも多い。しかし専門家の治療や訓練を疑う人は少なく、改善しないのは自分の努力が足りないからだと、さらに自分を追い詰める人もいる。

私自身は本人が自分の意志で取り組む治療や訓練をすべて否定はしないが、凸凹のある人たちの凸凹した特性を矯正する必要があるとも思わない。むしろ上手くいかない人たちの周囲の環境を調整することで別の道も開けてくると感じており、「君達は凸凹のままでいい」と積極的に発言している。苦手な部分を克服することに時間を費やすよりも、得意なことを伸ばすことに時間を使い、その能力を発揮出来る環境を創造した方が、ストレスも少なく上手くいくはずである。

一方、ありのままでいいと言われればそれに甘んじて何もしなくなる人もいる。何もしないまま、上手くいかない原因を社会のせいにして、ずっと同じ所で立ち止まっている人もいる。私は、凸凹を活かすために苦手なことは何もしなくていいとは言っていない。むしろ、凸凹を残し、ありのままに生活するためには、小さな覚悟と、同時に、自分の意志で小さな努力をしたり、周囲への説明・説得を積極的に行ったりする必要があると考えている。

治療教育や訓練の場合、子ども達は親がこうなって欲しいというレールに乗っているだけの場合がほとんどである。これまで親に守られ促され、専門家の所に通っていた子ども達にとって、自らの意思でありのままに生きていけと言うのは簡単そうに見えてハードルは高い。しかし、そのことが子ども達の自己実現に最も近い道であることに疑いはない。厳しいと思うかもしれないが、子ども達が自分で自分の人生に責任をとれるよう、そのための経験を一歩一歩積んでいける場が必要である。ロケットはそのための場所である。

 

中邑賢龍

vol.010
自由と責任

ROCKETに応募してくる子ども達は誰もが個性的である。10人集まればそれぞれ違う方向に動き出す。船頭が何人も乗った制御不能な船と考えればいいだろう。北に向かえと言えば、半分は南に行きたいと主張する。そんな子ども達をまとめるのは大変でしょうとよく言われるが、実はそうでもない。何故なら私が彼らをまとめる気がないからである。まとめようとして方向付けを強制すると、彼ららしさが失われていくと考えている。

振り返れば、私も制御不能な子どもであったに違いない。収集癖は相当なもので、小学校高学年から中学にかけては、貝殻、古銭、切手、切符、 絵はがき、牛乳瓶の蓋、虫、蜘蛛などなど脈絡もなく集め続けていた。集めたものを雑誌の投稿欄で交換し、また、コレクションが増えていく楽しみは格別であった。趣味が高じるとやりたいことがどんどん膨らんで、顕微鏡が欲しい、標本箱が欲しい、採集旅行に行きたいなど、お金が必要になってくる。そんなケンリュウ少年に、親は「働いて自分で買いなさい」と言うだけ。新聞少年となったケンリュウ君は、大好きな昆虫採集のためならば早起きも苦にならず、毎朝5時前に起床して新聞を配り、そして学校に出かける生活でした。そのおかげで親に何も干渉されなかったのは幸いである。

親にお金を出してもらってする時点で、それは親の期待にそった親のための作業になるのかもしれない。自分で稼ぐのは大変である。しかし、それは誰にも干渉されず自分の好きなことを自由にするため。好きなことだからこそ、親から離れて自分の責任下で実行して欲しい。自分の責任下で動く子どもは放置しても大丈夫。今はまだ「我侭な」少年達で多少手をかける必要があるが、ROCKETの活動の中で、自分で決め、責任をとる「生意気な」少年達になっていくに違いない。

 

中邑賢龍

vol.009
強制

異才発掘プロジェクトROCKETの1次選考に残ったスカラー達を北海道から九州まで訪問し、面接し終えた9月末、なんだか呼吸が苦しくなり、心臓専門医の診察を受けた。心臓と勝手に思っていたのだが、どうも腎機能が著しく低下しているとの 診断で、周囲に強制されて人生初の入院となった。入院など望んでする人は多くない。出来れば避けて通りたいと誰もが思うに違いない。まさに体を休めよと神様から強制され渋々の入院である。

いざ入院してみると食事や就寝時間など制限された生活の中で、これまで当たり前だと思っていた日常生活を新しい視点で眺めることができる。 例えば、食品を購入するのに栄養表示等見たことがなかったが、塩分制限されると全て手に取って見ることになる。これがなかなか面白い。また、入院すると不登校の子ども達並に時間もたっぷり余裕があり、頭も体も自由に動くとどうしても活動したくなる。「病院に入院しながら働くこと は制度的に可能か?」、「病院内にシェアオフィスは創れないか?」などのアイディアが浮かんでくる。非日常を経験しなければ見えないことや考えないことが多々ある。他者に強制されないと日常の発想の枠組みはなかなか崩せないのかもしれない。

ROCKETに集まる子ども達は、他者からの強制を意識している場合が多い。今回面接した子どもの多くは、強制されるのが嫌いであったり、強制されて学校が嫌いになったりした子ども達である。彼らは我々とは違った視点で発想していることも多く、強制しなくても非日常的な、周囲は非常識と呼ぶ行動に移そうとする。そのためアイディア段階で禁止されることが多くなり、結果として、自分自身の偏った日常を離れた視点で眺められる場に立つことも少ない。

学校はある意味で学びを強制する場であり、生徒はまずは授業で経験して興味を抱くことも多いだろう。しかし、ROCKETに集まる子ども達は中途半端な強制では知的好奇心を満足させることが出来ず離れていってしまう。

ROCKETは学びの内容を強制しない。しかし、様々な学びの場は学校と同じように強制していく必要があると感じている。 彼らを引きつけ、彼らの発想に風を吹き込む学びの場は相当ミステリアスで非日常なものでなくてはならないであろう。きっと普通の風では振り向きもしない子どもが沢山いる。嵐のような新しい風をどんどん子ども達に送り込んでやろうと思う。

 

中邑賢龍

vol.008
使いにくいもの

なんとかテーブルの脚の形になってきたローズウッド。がんばって木を磨き込む。当て木に粗目のサンドペーパーをつけて磨くものの、飽きっぽくて根気の無い私には永遠に続く作業のように感じる。そこで電気の力を借りサンダーで磨く。すると面白いほど滑らかになっていく。これを仕事にするなら間違いなく機械を使わなくてはならないだろう。効率化を求めると手作業の仕事は狭まっていく。

磨きが終わりいよいよテーブルを組み立てる。バラバラになった天板と脚をくっつけるだけである。木工用ボンドをとまどいもなく注入し、クランプで固定する。現代の接着剤は本当に良く出来ている。はみ出ても拭き取りは簡単。接着剤が硬化し始めるまでにちょうど良い時間があり、角度を調整してクランプで慌てることなく固定できる。後は朝を待てば良い。間違いなくしっかりと完成しているであろう。

クランプに縛られたテーブルを眺めていると不思議な感覚になる。このテーブルを組み立てた職人は何を考えて組み立てていたのであろうか。まさか、50年後にデンマークから遠く離れた日本で修理されることになるとは想像してなかったであろう。その時、ふと、このテーブルが元々膠(にかわ)で接合されてきたことを想い出した。

膠はそれを液状化させ一定の温度で使用する必要があるため、管理が難しい。また、接着力も化学接着剤ほど強くない。昔は膠が使いにくくてもそれが当たり前のものであったに違いない。でもそれが幸いして、膠で接着してあったこの机は天板を痛めること無くばらばらになったと言える。化学接着剤で頑強に固定すれば分解も大変である。忙しくてメンテナンスをする時間を惜しむ人たちにとっては、壊れにくいことはなにより大切である。壊れたら廃棄されるまでである。実は、長くメンテナンスしながら使うことを考えると、膠という素材の方が適しているに違いない。残念ながら私は今回、膠で作業することなど全く眼中になかった。日頃からそういった素材が傍にないとそれについて誰も考えることがない。

異才発掘プロジェクトに集まる子ども達は学校や家庭で扱いにくいと言われてきた子ども達である。扱いにくいからといってそれを排除する社会は恐ろしい社会である。扱いにくさの中にある味わいや良さを見つけ出していく必要がある。

 

中邑賢龍

vol.007
名前

固定したクランプを外すと脚が見えてくる。直線は出ているものの、折れたローズウッドを無理矢理合わせたのだから合わせ目は隙間だらけで見た目も最悪である。このままでは強度も不足するに違いない。そこで熱で溶ける樹脂パテをコテで溶かして埋め込んでいく。東急ハンズに出かけるのが面倒くさいので色合わせも適当に、手元にあるダークブラウンのパテを使って奥まで隙間の出来ないように埋め込んでいく。 表面はまだ凸凹しているが隙間は埋まった。あとは磨くだけである。

ローズウッドは紫檀ともよばれるように、黒紫と茶色の木目が交錯しているのが特徴である。重硬であるが磨くと美しい艶が出るとウィキペディアに書いてある。ちなみにローズウッドはバラの木のように思っている人がいるかもしれない。調べてみるとバラの香りがするものがあるという事からそう呼ばれるだけで、花のバラの木とは関係ないとある。

そう言えば名前に騙されることは日常茶飯事である。先週、北海道の余市町にある銀山という地域を訪れた。銀鉱山があった町だと思い込んでいたのだが、田んぼと蕎麦畑が広がるばかりで鉱山らしき物はない。町の人に尋ねるとそこの地名と銀鉱山とは関係ないとの事、思わず自分の思い込みを笑ってしまった。「オーガニック」=「健康で優しい」、「北海道」=「涼しい」というのは本当だろうか?自分できちんと調べてみる必要がある。興味あることにとことんのめり込んでいくと視野が狭まりそうであるが、その中で疑問を抱き調べることを忘れなければ視野は逆に広がるに違いない。

 

中邑賢龍

vol.006
気持ちの切り替え

脚のついていないテーブルほど邪魔なものはない。このコラムの原稿を書かずに放っておいても、精神的プレッシャー以外には日々の生活にそれほど実害はないが、160cm×70cmの大きなテーブルトップが部屋にあるのはさすがに困る。それでも見通しもなく自信もない修理を進めていくのには勢いがいる。そのため1週間、2週間とダラダラと時間を過ごす事になる。受験勉強に気のすすまない高校生の気分かもしれない。どんなに家族に「勉強しなさい!」と言われても心に響くものではない。

そんな時、作業を始めるのは一瞬のタイミングである。寒い朝になかなか布団から出られない時、皆さんはどうしているのだろうか?私は明治生まれの祖父が「エイヤー」とかけ声をかけて4時前に起きていたのを想い出した。家族にしてみれば大きな声に目を覚まし迷惑なかけ声であったが、そのかけ声が祖父を鼓舞し、気持ちを切り替えるきっかけになっていたのであろう。私も大きな声は出さないものの、心の中で「よーし」と自分を鼓舞して作業を始めることにした。こんなに仕事が忙しい時に始めなくてもいいのに、と他人は思うかもしれない。それでも思い立ったが吉日で、夜中に作業に取りかかる自分がいる。

「し」の字まで戻った脚に木工用ボンドをたっぷり注入して、はみ出た部分を拭き取り、当て木を置いてクランプで直線が出るように、一気に四方向から閉めつける。この時こそ、邪魔なテーブルトップを早くどうにかしたいという気持ちが日増しに強くなっていき、失敗したら面倒だなと考える気持ちを越えた瞬間である。こうなれば思考はポジティブである。「隙間はパテで埋めればいい」、「失敗したらさらに大きなクランプで締め付けてやろ う」と、明朝クランプを外すのを楽しみにワクワクしながら眠りにつく。良い夢をみるに違いない。

 

中邑賢龍

vol.005
テーブルの脚の入浴

さて、いよいよ折れた脚の修理にとりかかる。そのまま戻せば良さそうであるが、大きく「く」の字に折れ曲がり、ささくれだった破損部は、力を加えれば完全にちぎれてしまいそうである。

先日ネットで読んだ知識を活かし、破損部に湿気を与えて柔らかくすることにした。入浴時に風呂場に連れて入ったがなかなか柔らかくならず、こちらが先にのぼせそうである。そこでお風呂はあきらめ、やかんでお湯を沸騰させてその口に破損部を当ててみた。しばらくすると木が柔らかくなってきた。力を加えるとじわじわと元に戻るではないか。しめしめと微笑むものの完全には元に戻らない。縦棒にしたいのに「く」の字が流れた「し」の字になる程度である。こんな時に先生がいれば簡単だが、またここで作業が中断する。

もしこれが密林の中や建築中の高層ビルの上だったら必死に考えるしかないが、今日の作業はここまでにしておけるのが趣味のいいところである。そう言えば先日スカイツリーを組み立てた鳶職人の多湖弘明さんから、鳶の技について話を聞く機会があった。鳶の技は腕力と手先の器用さかと思っていたら、多湖さんは「困難な問題をどのように解決するかを考える力こそが技だ」と言う。頭の中だけの知識では物事は解決しない。逆に何も考えない作業だけでも技は磨けない。困難な経験に直面して考えることが技を磨き、先に進む道を開いてくれる。

緊張感がない趣味の修理の道は、匠への長い長い長い道でもある。

 

中邑賢龍

vol.004
修理を楽しむ

ヨハネス・アンデルセンという家具職人が作ったコーヒーテーブル。破損した状態で届けられた事について、ドイツの送り主にメールをすると今年で3件目との事。いずれも保険金が支払われているので心配するなとの連絡が。輸送のプロセスで貴重な家具が毎年失われているのかと思うと悲しくなる。使い捨て時代に、そこで破損した家具はどれだけ修理されているのであろうか。

工場で大量生産された現在の家具の多くは、集成材を塗装して見栄えを良くし、購入した時に最高の状態にある。次第に汚損し劣化しても新品を購入すればいい。その方が安価であり時間もかからない。一方、しっかりした木材を職人が手塩にかけて組み磨いた昔の家具は高価であったが、塗装が剥がれれば塗り直し、傷も時には思い出として残し、子どものように家族の一員として育て上げていくものであった。修理に出している時間にテーブルがないと困るからすぐに買い替える、という発想はなく、その時間は他の家具で代用したり、生活パターンを変えたりしてしのいできた。

家具が痛み、電化製品が故障して、我々の歩みが止まることをネガティブに捉えすぎである。買い替えられない愛着のある家具や道具は、忙しい現代人を強制的に休ませてくれるし、新品で購入した頃の昔を振り返る機会を作ってくれる。それに、少しは不便を我慢する事を教えてくれる。中でも最も大きなメリットは、修理する楽しみが生まれることかもしれない。

 

中邑賢龍

vol.003
インターネットという外部頭脳

インターネットは便利な道具である。昔なら図書館や書店を廻って、あるいは専門家に尋ねて必至にその方法を探したが、今はソファにくつろぎながら難なくインターネットで方法を見つけ出す事ができる。

検索してヒットしたページには、テーブルの折れた脚をそのまま曲げるとさらにダメージがひどくなるため、蒸気で柔らかくして曲げるといったノウハウが書いてある。その解説ページを読むだけで、自分が一流の職人になった気分になってくる。本当に便利である。調べてみると、襖の張り替えから、車のマフラーの交換まで、画像入りで何でも分かる。それだけに修理がもっと身近になって良さそうだが、実際に自分で行う人がどれだけいるのだろうか。周りの人に聞いてみると面倒くさいという人が多い。便利な社会の中で、人は自分の体を動かすという大切な行為を面倒に感じているのかもしれない。そう考えると少し恐ろしくなってきた。

 

中邑賢龍

vol.002
言うは易し

持ち帰って来たテーブルの梱包を解いてみると、ダメージが深刻である事が分かる。4つの足が根元から外れ、その中の1本は中程で折れ曲がっている。自ら完璧なテーブルをバラしてみるのは勇気がいるが、壊れたおかげで家具の構造の勉強ができる。しっかりしたダボを裏側に打ち込み、ダボと接着剤で脚と天板をくっつけてあったのが分かる。そのダボが外れたり折れたりしている。釘やねじは全く使わず美しい外観を作り出していたのが幸いである。金属を使っていたら本体に大きなダメージが生じたであろう。

構造さえ分かれば再生は理論的には簡単である。折れた脚を再生し、ダボを打ち直して接着するだけである。しかし、その方法は未知である。アシスタントの大塚君と一緒に、テーブルを再生するというProject Based Learningがスタートした。

 

中邑賢龍

vol.001
修理は推理

東京大井埠頭の倉庫にドイツからコーヒーテーブルが届いたと連絡が入った。

税関で税金を納め、書類を揃えて、ワゴンで倉庫に向かう。わくわくしながら出庫を待っていると透明なシートにくるまれた大きな塊がフォークリフトに乗って私の前に。透明なシートの向こうには折れ曲がったテーブルの足が見える。「これっ?」と声を出す私の目の前には原型を留めないほど破壊されたヨハネス・アンデルセンという家具職人の50年前のテーブルが姿を現した。良く観察するとテーブルから4本の足が正座するように折れ曲がっている。クレートに入って送られたかと思っていたらまさかそのまま混載され、大型荷物に押しつぶされたのであろう。

どうやってクレームをつけようかと考えるより先に、どのように再生するかという気持ちがむくむくと沸き起こって来た。古いものの修理は推理であり、私の足を止める修行の道具でもある。

 

中邑賢龍

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