凸凹海外教育通信

vol.020
サマーヒルからの卒業

ジャスミンの花の香りが漂う7月頃は別れの季節。サマーヒル・スクール(以下:サマーヒル)では卒業のタイミングを自分自身で決めます。毎年10名程度の、だいたい14歳〜18歳の生徒達がコミュニティにお別れを告げ、それぞれ次のステージへ進んでいきます。

学期末の卒業の日、夕飯後から空港へ向かうバスがやってくる次の日の早朝まで、 コミュニティでは中央ラウンジで一晩中ディスコパーティが繰り広げられます。卒業の儀式はいたってシンプル。真夜中の12時に皆がラウンジへ集合し、腕を組み合ってスコットランドの伝統民謡「Auld Lang Syne(日本語では「蛍の光」)」を歌います。卒業生全員を中央に、在学生(もちろんスタッフも全員!)は外にもう一つの円をつくり、皆、静かに涙を流します。歌が終わると卒業生はコミュニティの1人1人と(本当に全員と)抱き合い、おいおい泣いては「愛してる」「ありがとう」と伝え合う数時間を過ごします。BGMは「Stand By Me」「Purple rain」「Time after time」 など誰かが作った時代感のあるアルバムリスト。12歳から13歳になった私は、初めて経験した卒業の儀式から、人生には言葉にならない切なさと感謝の気持ちが溢れると、涙が止めどなく流れてくるものなんだと心得ていきました。

私にとってサマーヒルの卒業は、大人になる決意であり、二度と訪れることのない「子ども時代」へのお別れでした。一旦卒業を決めると、学期末が近づくにつれ、外の世界へ出ることへの興奮と不安は募ります。そして、いつでも自分を受け入れてくれるコミュニティの存在と、何が起きても時間は進んでいくのだという諦めは、私に勇気と希望を与えてくれました。

有能といわれる人材は時代ごとに変化し、その度に子ども達の教育で必要とされるスキルや学力は変わっていくでしょう。その一方、ともに成長した友人達の共通点は、感情豊かで涙もろく、嘘が下手で、性善説に立った人ということ。

創立者のA.S.ニールがサマーヒルを開校した頃のヨーロッパは、第1次世界大戦と第2次世界大戦の間、20世紀という激動の時代の前半です。どうして人類は戦争を生むのか?奪い合い、騙し合い、支配するのか?その根幹にある人間の本質をニールは教育という観点から問い続け、民主主義を軸としたサマーヒルをこの世に生みだしました。100年間変わらず在り続け、愛され続ける教育って凄いと思います。サマーヒルという場は私に、1人の人間としてどう生きるかを学ぶ時間を与えてくれました。

柔軟な心と体を持った、たった一度の子ども時代。随分と愛情溢れた幸せな時間となったわけですが、その間、蚊帳の外から手も口も出さずに、私自身の足で歩むことを見守り続けてくれた両親に、心から感謝しています。

 

富樫多紀

vol.019
私が学んだ大切なこと

サマーヒル・スクール(以下:サマーヒルと略記)での5年間の記憶の中に、勉強をしている自分の姿は残念なほどにありません。あるのは遊んでいた記憶ばかり。私にとって、心の底から楽しいことを自分自身で発見していく喜びは、テストで良い成績をとることの何倍も意味があり、教室や家庭で大人に見張られ、仕向けられた学びをこなすことでは決して手にすることのできない自信になったのではないかと思います。

「子供時代は遊び時代、遊び足りた子どもはいない(Childhood is playhood and no child ever gets enough play)」、「子どもの将来を恐れる大人達が、子ども達の遊ぶ権利を奪ってしまう(Fear of the child’s future leads adults to deprive children of their right to play)」とニール(注)は言い残し、サマーヒルでは子ども達が遊ぶことを最も大切にしています。

私の好きな遊びはコミュニティの誰もが参加できるゲームを考えることでした。お絵かき伝言ゲームのようなシンプルなゲームから、数日間に渡りコミュニティ全体で行うスパイ・ゲームなど…。人を巻き込み、みんなが参加できる出来事を生み出すことが楽しくて夢中になっていた経験は、後々行うことになる、プロデューサーの仕事などに繋がっているのかもしれません。

公教育で教えてもらえることは沢山あります。しかし、子ども時代は誰にでも一度しかない貴重な時間。その限られた時間の中、人生という視野で学びのあり方や教育環境を見つめた時、私達は何をもって「学び」と言えるのでしょうか?

イギリスの教育指導要領にはPersonal, Social, Health and Economic (PSHE) education という内容が2000年より加えられています。それは1人の人間として、そして家族やコミュニティなど社会の一員として、健康に安全に、創造性や責任を発揮して生きていくための指導プログラムです。具体的な指導トピックは:

・Alcohol, smoking and drugs(アルコール、喫煙、薬物)

・Personal health(個別健康管理)

・Bullying(いじめ)

・Citizenship, democracy and human rights(市民権、民主主義、人権)

・Careers and the world of work(キャリアや働く世界)

・Personal finance (個別ファイナンス)

・Family and relationships (家族と人間関係)

・Sex education(性教育)

2016年、英国議会で英国青年協議会、内閣府、教育省などからサマーヒルの教育的価値が表彰されることになりました。実はその決定の際、このPSHEの評価がとても高かったそうです。10代の私は日本の学校を離れサマーヒルに来たことで、社会に対してわだかまりを抱きながらも、学ぶことを俯瞰的、横断的に考えるようになっていきました。

時に私達は少しだけ視野を広げて、「学び」について考えてみることも大切なのかもしれません。最後に私のお勧めTEDトークをご紹介して今回のレポートを終わります。

ケン・ロビンソン「学校教育は創造性を殺してしまっている」

https://www.ted.com/talks/ken_robinson_says_schools_kill_creativity?language=ja 

注1)A.S.ニール(Alexander Sutherland Neill)。イギリスの教育家であり、世界で最初のフリースクール、サマーヒル・スクールの創立者。

 

富樫多紀

 

vol.018
サマーヒル 95年目の同窓会

2016年7月29日から31日にかけて、サマーヒル・スクール(以下、サマーヒルと省略)で5年に1度の同窓会が開かれ、久々に母校を訪れました。

創立95年となるサマーヒルの卒業生の年齢層は様々。つい5日前に卒業したばかりの16歳から、孫を連れて来る人もいます。年度末を迎えて在校生がいなくなった空っぽの学園には、歴代の卒業生達が世界中から集まり、子ども時代の思い出話に花を咲かせます。

仲間と共に最寄りのサックスマンダム駅に到着したのはお昼ごろ。駅から予約していたタクシーで向かう道のりは12年前と変わらない景色で、胸は一層高鳴ります。タイルで作られた「SUMMERHILL」の見慣れたサインを横目に、緑溢れる学園内に足を踏み入れると、少しだけ年をとった懐かしい顔ぶれが、温かく迎え入れてくれました。

昔と変わらない光と匂いの漂う宿舎。レンガの壁や木製のベッドに掘った私の名前は健在でした。森の木々は一段と成長し、ずっしりと登りやすそうなサイズ。誰かが作ったツリーハウス達はすっかり無くなり、新しい誰かが作ったジップライン(*)が設置されてあり、在校生達がそこで活き活きと遊ぶ姿が想像できました。ところどころに貼られている今日のサマーヒルを生きる子ども達の写真の笑顔には、あの頃の自分達が見えました。

金細工の工房、学ぶことを学ぶ部屋、GCSE(詳しくはvol.018を参照下さい)で音楽の試験を受けるための部屋など、教室は私がいた頃よりも随分と設備が整い、見違えるほど綺麗になっていました!話によると、最近のサマーヒルでは外部の様々なプロフェッショナルを積極的に呼び、参加を希望する子ども達と共に数日間のプロジェクトを行うことに力を入れているそうです。子ども達の意志から幅広い学びの機会をデザインするカリキュラムスタイルは、一段とその魅力が増した印象を受けました。

大人になった私達の生き方はそれぞれです。デザイナー、ジュエリー作家、専業主婦、教師、木工技術師、バーテンダー、事業家、キャビンアテンダント、プログラマー、エンジニア、農家、旅人、映像作家、アーティスト、介護医療師など、辞典にしても良いくらいに多種多様。中には薬物やアルコールに依存したり、うつ病になったり、生活保護を受けている人もいれば、事業で億万長者になった人や、再びサマーヒルでスタッフとして働く人もいます。

土曜日の朝、伝統的にミーティングが行われてきたラウンジには、現校長であり創立者A.S.ニールの娘のゾーイによる挨拶を聞くために、続々と人が集まってきました。この部屋にいる全員が、私と同じようにこの場所で一生に一度の子ども時代を送ったのだと思うと、ニールがたった1人で始めた思想の偉大さに、胸が熱くなりました。

誰もかもが子どもに戻った3日間はあっという間。涙で塩気を帯びた頬のまま、私達はこれから先の人生で何が起きようと、永遠の家族と愛があることをお互いに再確認しました。

このリンクは集合した私達を上空から撮影した映像です。

https://vimeo.com/177241376

*ジップライン:森の中に張ったワイヤーを滑車で滑り降り、絶景やスリルを楽しめるアクティビティ。

 

富樫多紀

vol.017
好きなことを好きなだけ学ぶ!サマーヒルとイギリスの教育制度:大学進学編

15歳の2月、サマーヒル・スクール(以下、サマーヒルと省略)に入学して3年が経とうとしていました。日本の友達とのやりとりは手紙からeメールに移行し、「受験」という単語が会話に登場してくるようになってきたこの頃、私はイギリスの田舎町での生活にすっかり慣れ親しみ、まだまだ寒く乾いた空の下、雪で真っ白に染まったフィールドや凍った地面の上をみんなで駈けずり回っていました。日本の友達が将来に抱いていた不安を受け止めつつも、自分の中にまるで違う価値観が芽生え始めていた私は、あぁもう日本には戻りたくないな、このままイギリスで進学して生きていくことが自然なんだろうなと考えていました。

イギリスでは一般的に、義務教育の一環でこの時期にGCSE(General Certificate of Secondary Education)という中等教育検定試験を受けます(詳しくはvol.019を参照下さい)。大学進学を希望する人は、大まかに言えば、その後もう2年間、6th Formと呼ばれる高校に相当する環境でAレベルという検定試験を受けるコースと、Further Education Collage(断続教育機関。以下、カレッジと省略)などで専門的な職業資格を取得するコースがあります。

私の場合、17歳までの間にアート、数学、中国語、英語、日本語のGCSEを取りました(一般に比べて、教科はかなり少なく、偏っています)。子どもの頃からアートと演劇が好きだったので、サマーヒル卒業後はなんとなく舞台に関わることがやってみたく、ロンドンのカレッジでステージ・プロダクションを専攻することを選びました。

カレッジは、大人になってから専門分野の知識を身に付けたい人などの入学も許可されています。人生のどの段階からでも大学進学を目指したり、キャリアの変更やキャリアアップができたりといった合理的なシステムです。6th Formと比べるとカレッジは職業訓練的な学習内容が多く、サマーヒルの卒業生はカレッジへ進む傾向がありました。

私の専攻コースには16歳から20歳代前半と幅広い年齢層のメンバー、約12名が集まりました。学習内容は音響や照明設備の設営や理論、学校の協定先コミュニティー・シアターで実際に必要とされる、小道具や大道具の制作やステージマネジメントなど実践的です。最初に受講したのは音響の授業でしたが、登場した教員はドレッドヘアの黒人男性。バンドのライブの音響設備の設営をしよう!というプログラムから、最終的にはみんなでバンドを組むことになり、気が付くと私はドラムを叩いていました。

カレッジを通して舞台に関わるあらゆる職業を垣間見た1年後、18歳の私は演出家と共に舞台の世界観を生み出す仕事である「セノグラフィー(舞台美術)」に強い魅力を感じていました。台詞を立体的な世界として表現し、チームと一緒にその先にいる観客の経験を作るという仕事。なんて素敵なのだろう!私は大学に進学し、ロンドンで更にこの領域を極めることを決めました。

 

富樫多紀

vol.016
好きなことを好きなだけ学ぶ!サマーヒルとイギリスの教育制度

サマーヒル・スクール(以下、サマーヒルと省略)に入学してから、私はそれまで興味を抱くことのなかった理科の授業を一度も受けずに、大学までの就学を終えました。顔を出した授業といえば、アート、歴史、数学、語学。自ら学びたいとサマーヒルにリクエストを出して、先生を見つけてきてもらったのはダンスという、日本の一般的な教育プロセスからするとアンバランス極まりない内容で、進学をしてきました。今回は、そんな私が大学を卒業できた背景に存在していた、イギリスの教育制度を簡単に辿ってみようと思います。

イギリスの教育制度

日本と同様、イギリスにも教育指導要領に基づいた内容での義務教育が存在しているのですが、その仕組みは公立学校か私立学校かによって異なり、インデペンデント・スクール(*1)やボーディング・スクール(*2)、ホームスクール(*3)も選択肢に含まれるなど複雑です。5歳-16歳までの子ども達は、1から4に分かれたKey Stageという教育段階を踏み、16歳頃にGCSE(General Certificate of Secondary Education)という中等教育検定試験を受けます。

GCSEは各科目ごとの試験が毎年あり(1年の試験回数は科目によって異なる)、児童や生徒はその日に向けて勉強をします。GCSEの取得可能な科目は幅広く、主要科目の他に、言語だけでも30種類以上、アートに関連する科目にはグラフィック、テキスタイル、ダンス、演劇、音楽や書物を通した表現なども含まれます。そのほかに、人権学や経済社会学、天文学など多岐に渡ります。

このようにイギリスでは、本来は年齢を問わず幅広い領域の科目を好奇心の赴くままにお試しでき、成績に満足いかない場合は何度でも試験を受ける事ができる合理的なシステムが用意されています。とはいえ、公立教育の中では、国語・算数・理科・社会などの限られた主要教科とされるものを中心に、みんなが一斉に受ける試験であるという認識が一般的なようです。その点サマーヒルでは、リクエストをすれば学びたい領域のGCSEを受けることが可能とされており、結果、私は学びたいことだけを探求していても、社会から排除されるわけではないことを体験しました。

このように日本と根本的に異なる学習環境であっても、イギリス人でサマーヒルにやって来る子ども達の中には、一般的な学習環境に馴染めずドロップアウトしてしまったり、いじめられた経験やいじめた経験をした等の事情を持つ子ども達はいました。そんな子ども達をコミュニティーは決して見捨てはしません。「みんな一緒に」学ぶことが肌に合わずにサマーヒルに辿り着いた彼らが、爆発寸前のフラストレーションや淋しさから自由になっていく姿を、私は5年間の在学期間中に何人も見てきた気がします。

幼なじみの男の子の中には、11歳でサマーヒルへ来校する前に3校の退学を余儀なくされていた、なかなかの「問題児」もいました。彼はサマーヒルに来てからの6年の間、好きな服を着て、好きな色に髪の毛を染め、1日中紙とペンを握り、田舎町での暮らしをアートと文学に費やしました。彼は数年後にロンドン芸術大学に入学し、今もアーティストとしての活動を続けています。

次回はそんな彼や私のように偏った学び方をした者が、如何にして大学まで進んでいったのか、イギリスの教育制度 後編をお届けいたします。

*1 私立学校の一種

*2 全寮制の寄宿学校

*3 学校に通学せず、家庭に拠点を置いて学習を行うこと

 

富樫多紀

vol.015
サマーヒル・スクールの校則、子ども達の自治

学校環境や社会における、校則やルール。子どもの頃、校則は一体どのような意味を持っていましたか?

世界で一番自由な学校、サマーヒル・スクール(以下、サマーヒルと略記)。実は校則の数がとても多いのです。例えば、

トースターの中には食パン以外のものを入れてはいけない

室内に自分の身長よりも長い棒を持ち込んではいけない

雨の日に木に登ってはいけない

これらは全て、スクール・ミーティングでの真剣な話し合いを通して、子ども達によって作られた校則です(2004年当時)。

ニール(注1)がサマーヒルで子ども達に託した「自由」の1つのかたちは、子ども達による自治です。週2回の「スクール・ミーティング」は、校則や学校内でのトラブルをコミュニティで話し合う、サマーヒルの中核要素。大人も子どもも一票の平等な権利を持ち、多数決で物事を決定していきます。

先ほど挙げた校則のうち、「トースターの中には…」というのは、過去に一度、トースターにクランペット(厚手のパンケーキ)が挟まってしまい、焦げたクランペットから昇った煙で火災報知機が鳴り、朝から全校生徒で防災室へ避難をするはめになってしまった、という出来事をきっかけに生まれました。「自分の身長よりも長い棒…」に関しては、コントロールが難しく人にぶつかる危険があるために作られた校則で、雨の日の木登りも、転落して怪我をした誰かが挙げたもの。このようにサマーヒルでの校則は生活の至るところに在るものでした。

日本にいた頃、校則は私よりもずっと前から存在していて、なんだか偉くて逆らってはいけないものであり、「なんで?」と問うこと自体がナンセンス、というイメージがありました。けれどサマーヒルでの校則の在り方は、自分の生活や権利を守るものであり、お互いの自由を尊重し合うために欠かせないものとしてコミュニティの中心に存在していました。そして、それだけ大切なものだからこそ、きちんと自分達で話し合い、自分達で決めていく必要がありました。

ところで、サマーヒルでは、大人を名前では呼びますが「先生」とは呼びません。校長すら「ゾーイ」と名前で呼んでいます。コミュニティに絶対的な権力を持つ人は存在しないため、いじめっこを叱ってくれる大人はおらず、どんなトラブルも自分達で解決をしていく必要がありました。それがミーティングという場の持つ、もう1つの大切な役割です。もし誰かが私の自転車を無許可で勝手に使っていたとして、それを嫌だと思った私には、相手をスクール・ミーティングに挙げる権利があります。悪さをした子にどのようなペナルティを与えるべきか、または相手の言い分次第ではペナルティは与える必要はないのか、解決方法はみんなで決めます。

ちなみに、

草むしりや掃除などの小労働

ランチの列で最後尾まで待たなくてはならない

お小遣いが減らされる

などが科される頻度が高い軽いペナルティ。他にも問題に応じて、遊びの時間や一定空間への立ち入り禁止、ティータイムのビスケットを迷惑をかけた相手にあげなくてはいけないなど、自らの権利や自由、人間関係にダイレクトに切り込む内容のペナルティを科される場合も多々あります。

寒くて湿った昼下がりの草むしりも、ランチがいつまでも食べられないひもじさも、自らの行いには結果がついてくるものだと噛みしめる十分な機会になります。でも、何よりも心に響くのはスクール・ミーティングでの時間です。議題に挙がった自分に対し、厳しい非難の言葉や、ちょっと待った!の弁護の言葉が飛び交い、どう対処するべきなのかをコミュニティ全体が話し合います。反省や悔しさや羞恥心が混ざり合い、生まれて初めての感情に涙を流すこともあります。しかし、どんな私であろうと、このコミュニティの中で自分の存在は肯定されているのだと気がつく時、言葉にできない愛情を感じるものでした。
注1)A.S.ニール(Alexander Sutherland Neill)。イギリスの教育家であり、世界で最初のフリースクール、サマーヒル・スクールの創立者。

 

富樫多紀

vol.014
自由な子ども達

もし学校で子ども達に、「授業は行きたくなければ行かなくてもいいよ」と言ったら、何が起こるでしょうか?

サマーヒル・スクール(以下、サマーヒルと略記)の1日は、朝起きて、さぁ今日は何をしようかと考えることから始まります。授業への出席は義務ではなく、1日を木の上で本を読んで過ごしても、美術室や木工室での工作に熱中していても、森で遊ぶことに費やしても咎められることはありません。子供時代は遊びたいだけ遊ぶことが大切という学校の哲学があり、特に何もせず、ふらふらしている子も沢山います。1日の過ごし方は個々それぞれ違い、自分の時間の使い方は、誰からも強制されることなく、自ら考えて決めていくという行為の中で毎日が繰り返されています。

もちろん学校で授業に出ている子もいますが、そのほかに、ピアノやギターを弾いている子、カメラ片手に写真を撮っている子、森で秘密基地作りに励む子、部屋でボードゲームをしている子、スケードボードをしている子、サッカーやバスケットをしている子、それを見ている子、お話をしながら散歩をしている子、ダイニングルームでお茶を飲んでいる子…みんなそれぞれが、穏やかに自分の時間を刻みます。

一方、東京に住んでいた頃の私は毎日大忙しでした。学校の後はバレエ、ジャズダンス、タップダンスにピアノなどの習い事、その間に友達と遊び…。そんな生活感の中、時間は飛ぶように経過していくものでした。しかしサマーヒルにあるのは、森や空と自分達だけ。最初は戸惑ったものの、それは私に、想像する時間の余地や自分のペースでものごとを考える余裕を与え、張り詰めた緊張や苛立ちは溶け落ち、春のような暖かな気持にさせるものでした。あ、ありのままでいいんだな、と。

ところで、サマーヒルの授業には学年という考え方はありません。各学期の始まりに、各自が取りたい教科と学びたいことを各教科の担任へ伝えると、1週間の時間割が子ども一人一人に合わせて構成されていきます。興味のない教科を受ける義務はありませんし、例え授業に一度も足を運ばなくても怒られることはありません。けれど、授業に出席しても、わざと人の勉強の邪魔をするなどの行為は、ミーティングの議題に挙げられてしまいます。サマーヒルの中では、他の人への尊重なき行いは、授業を受けないことよりも非常識とされるのです。

自分自身で考えるという行為は、日常生活の中で起きる人間関係のトラブルでも同じです。誰かと喧嘩をしても、小さな学校の敷地の中では、その人と顔を合わさずに生きることはできません。問題と向き合うことが余儀なくされ、その都度、自分の感情を受け入れながら、相手の気持ちや立場を考え、自らの力で切り開かなければ、誰も解決してはくれません。

「自由」って何でしょう?ニール(注1)は、自由な子どもとは、好き勝手なわがままが許されることや、束縛から解放されることを意味するのではなく、自ら自分自身の人生をコントロールし、生活を営む自律の子ども(Self-regulated Child)であると考えました。子ども達は、知識や成績よりも、生涯に渡ってあらゆる機会や場所において、自らの生き甲斐のために学習する需要を学びます。それは自分の感情を素直に表現できることや、強制されることなく内側から芽生える好奇心を律し行動を起こすことを通して培われます。私自身、大人になった今も、ワクワクする気持ちに正直に、やりたいことをして毎日楽しく生きていけているのは、子ども時代に自分自身とゆっくり向き合う時間がたっぷりあったおかげなのかもしれません。

注1)A.S.ニール(Alexander Sutherland Neill)。イギリスの教育家であり、世界で最初のフリースクール、サマーヒル・スクールの創立者。

 

富樫多紀

vol.013
12歳の出発

得意なことならすごい能力を発揮するのに、ほかのことには興味がなかったり苦手さを抱いていたりして、周囲からなかなか評価されない。そんな凸凹をもった子どもたちは海外ではどんな教育を受けているのでしょうか?凸凹海外教育通信では、海外の教育や生活・文化などについて最新の動向をお伝えしていきたいと思います。今回から、イギリス発のオルタナティブ教育の事例として、サマーヒル・スクールの様子をご紹介します。

こんにちは。皆さんは、フリースクールと聞くと、どのような場所を想像しますか?私は12歳から17歳を「世界で一番自由な学校」として知られる、イギリスのサマーヒル・スクールという全寮制の学校で過ごしました。今回から、サマーヒル・スクールについてご紹介し、私自身が送ったイギリスでの経験をお話したいと思います。

サマーヒル・スクールは、改革教育運動に影響を受けた教育家のA.S.ニール(Alexander Sutherland Neill)により、1921年に創立された世界で最初のフリースクールです。ロンドンより電車で2時間ほどの距離にある、サフォーク州の小さな田舎町レイストン(Leiston)に、今も当時の姿のまま健在しています。全寮制の学校面積のほとんどが森に覆われている、まるでハリー・ポッターのホグワーツやネバーランドのような、自然溢れた小さな学校です。様々な国の4歳〜18歳の子ども達、約60名〜70名が親元を離れ、コミュニティとして共同生活をしています。

最初に私にサマーヒルの存在を教えてくれたのは母でした。私は学校が大好きで、勉強も得意なタイプではあったのですが、サマーヒルの話を聞くと、なんて面白そうな学校だろう!そんな場所があるなんて信じられない!と、すぐに行くことを決めたことを覚えています。サマーヒルには、公教育に合わず、幾つもの学校をたらい回しにされて来る子どもいれば、自らニールの本を読み入学を希望する子どもや、私のように親からの紹介がきっかけでやって来る子、他にも親や親戚がサマーヒル出身者であるケースも多々ありました。        

小学校6年生の夏休みが明けた1999年9月、私は小さなスーツケースを引っ張り、東京の家を出発し、成田空港へ向かいました。見送る両親を背に、空港を飛び立った朝から約20時間後に到着した新しい部屋。新入生を待ちかねていたルームメイトの女の子たちも、窓の淵やベッドの柱や棚の、あちこちに書き込まれている歴代利用者のサインやつぶやきも、私をまるでオズの国へ迷い込んだドロシーになった様な気分にさせました。

レンガ建ての家々が佇む小さな田舎の町並みの角にはパブがちらほら。どこまでも続く、なだらかな丘へ散歩に出かけると、茅葺き屋根の農家が見えてきます。きりっと締まる乾いた空気に、広く高い秋の空。風が吹くと音を立ててざわめく木々の間から差し込む木漏れ日の中、時間は時にゆっくりと流れていくものなのだと知りました。電線が空を覆い、灰色の建物にコンクリートが敷き詰められた東京が、粗々しく描かれたキュビズムの様だとして、私の抱いたイギリスの第一印象は、淡いグラデーションが滲み合う水彩画の様な風景でした。

 

富樫多紀

vol.012
イギリスの教育観に触れた日

2015年8月5日の昼下がり、私は日本の文部科学省に当たるイギリスの教育省(Department for Education)を訪問しました。とても緊張しながら足を踏み入れた建物は、昔は高級ホテルだったというだけあって、内装が素敵で洗練された空間でした。

イギリスはディスレキシア(注1)を含む障害者への特別支援教育が日本よりも先に進んでいます。今回は、省の担当者やイギリス国内でディスレキシア支援をしているNPOなど、いくつかの団体の代表が集まり、実際に展開されている活動・サービスや、その基盤となる支援システムなどの話を伺うことができました。

省の担当者から紹介された教育制度やイギリスの教育観は、日本でずっと暮らしてきた私にとっては驚きの連続でした。今回の号では、会議の中で、特に印象に残ったことについてお話をしたいと思います。

イギリスの特別支援教育は、1981年に成立した特別支援教育制度(以下、SEN:Special Education Needs)によって大きく方向転換されました。大きな変化は、それまでは子どもの教育を障害カテゴリーで区分していましたが、学習の困難さに着目されて作りかえられた点です。障害がなくても、学習に困難が生じ何らかの教育的支援が必要と判断されれば、誰でも支援が受けられるというのが、まず驚きです。

さらに、2014年、SENが全面改訂される形で「The New Special Education Needs(以下、The New SEN)」という新特別支援教育制度が成立しました。The New SENでは、なんと0-25歳まで支援を受けることができます。これはつまり、この世に生を受けてから、学校で学び、社会で働き、自立して生きていくことができるようになるまで、国がサポートをしていくのだということを明示しているのです。

SENやThe New SENは、利用者となる国民にとって、とても大きな存在ではないでしょうか。これらの制度のおかげで、本当に必要な時に必要な支援を受けることができ、独立するまでずっと国から見守ってもらえる、という安心感が得られるのではないかな、と私は感じます。

また、この画期的な制度以外にも、「ずいぶん日本と違うな」と感じたことがあります。教育・福祉・医療というシステムは、日本ではやや分断しがちな印象があります。しかし、イギリスでは教育がトップに立って人道指揮を取り、教育省の作成した指示書を元に、医療・福祉がそれに準じてサービスを提供するという包括的なシステムが確立しています。つまり、教育が大きな力を持っているのです。

そして、イギリスでは、一人一人が最大限に本来の力を発揮できるようにすることを教育の目的としているそうなのです。これは、ROCKETのモットーの一つ「いかなる子どもたちの可能性も潰さない」という点にも通ずるところがあります。

教育が最重要視され、うまく機能させることは、国の未来を担う子供たちを育て、結果的に国力を上げていくという点で必要な視点でしょう。ROCKETには、学校という集団行動に馴染めず、自信を失いかけている多くの子どもたちが集まっています。この子どもたちを支えていく上で、今回の視察から得た驚きをいかに支援に生かしていこうか…楽しみな模索が始まりました。

注1)ディスレキシアとは、知的にも、視覚・聴覚の器官にも異常が無いのに、読み書きの能力に著しい困難を持つ症状が現れた状態のことを言います。

 

福本愛

vol.011
Mackenzie Thorpeさんに会いに行く

2015年8月初め、私は、イギリスの南に位置する美しい海岸線のあるBrightonという街に行きました。そこにアトリエを持つMackenzie Thorpe(マッケンジー・ソープ)さんという画家に会うためです。初対面の彼は、恰幅のいい、何とも優しそうで、オープンマインドの素敵なおじさま、という印象でした。でも彼は、一見わからないけれど、障害者なのです。彼の障害はディスレキシア。

ディスレキシアとは何ぞや?言葉を聞いたことがある人もいるとは思いますが、ディスレキシアは知的にも視覚・聴覚の器官にも異常が無いのに、読み書きの能力に著しい困難を持つ症状が現れた状態のことを言います。ソープさんは、文字をうまく書くことも読むこともできません。現に、自分の描いた絵の題名を書いても、微妙にスペリングが間違っていたりするのです。

幼少期の頃、彼は勉強が大好きなのに、文字が書けず、ひどく自分を責めていました。当時は、現代のようにテクノロジーも発展していなかったので、その障害のために、中学への進学も断念せざるをえず、将来を絶望し、暗いトンネルの中を歩き続けているような気持ちだったと彼は言います。その当時を表した彼の絵は、全体的にグレーな印象で、そこには闇しか存在しないようでした。

しかし、彼には唯一没頭できるものがありました。そう、絵を描き続けることです。心の傷を埋め、救いを求めるように彼は絵を描き続けました。そして、少しずつ周りからもその絵を評価されていくうちに、徐々に自分の中でも、「僕にはこれで生きていくしかない」と割り切って突き抜けていったのです。その先には、希望の光がありました。好きなことを諦めずにやり続けた結果、彼は切望していた中学を卒業する以上の称号、大学院卒業資格をなんと絵で獲得することができたのです!嬉しそうに話をしてくれる彼の表情はとても誇らしげでした。”好き”を追求したことで、彼は世界的に有名な芸術家へと成長したのです。

ただ、そこに至るには、たくさんの人の協力が必要でした。その代表がパートナーのスーザンさん。事務手続きなど、文字に関連するものは完全に彼女が担い、ソープさんが創作活動に没頭できるように、今もずっと傍で支えてくれています。

このように不足した部分を周囲の愛と協力で補いながら、少しずつ道が拓けてきた今の彼の絵は、昔のものとは随分異なっています。たくさんの真っ赤なハートが散りばめられ、純粋無垢な目を持つユニークな子どもが登場し、愛と希望に満ち溢れたとてもハートウォーミングなものです。その絵が、世界中の人々の心を動かしています。彼の絵が表しているものは、今の彼そのものなのかもしれません。

彼のアトリエには、クレヨンのような形をした真っ黒な物体がそこら中に散らばっています。はっきり言って、そんなに綺麗なアトリエとは言えないし、不思議な空間以外の何物でもありません。

この真っ黒な物体は絵の具なのですが、その原料は、全て自然のものから出来ているそうです。外見は真っ黒でも、それを手で割ってみると、とても鮮やかな色が出てきます。しかし、たった一色だけどうしても自然では生み出せない色があるというのです。一体何色だと思いますか?そう、黒です。「黒だけは人工的に作らないとどうしてもできないのだよ」と、ソープさん。それって何だか面白くないですか?結局、闇の黒い部分は、人間が自分で作り出すしかない。なんだか人生に似ています。ありのまま、自然のままに生きて自分色を作るのか、それとも自分自身で作りだした暗闇の中で生きるのか。

人生は、障害があろうがなかろうが、結局は自分次第なのだよと、彼の絵と生き様から学んだように思います。

参考URL)マッケンジー・ソープさんの作品集

http://www.fauves.co.jp/painter/10

 

福本愛

vol.010
CTYから見える異才教育の意義

こんにちは。2回に渡り紹介してきたアメリカの異才教育の先駆け、Center for Talented Youth (通称 CTY)。今回はCTYでの経験から筆者が感じた、サマーキャンプの重要性や意義についてお話したいと思います。

vol.11 やvol.12でも述べましたが、CTYサマーキャンプのような異才教育プログラムは、優秀な学生にとって学術面・社会面において利点があります。

まず、学術面において、普段の授業では知的好奇心を刺激される機会にあまり恵まれていない子どもたちが、学校で一年かけて学ぶ内容をサマーキャンプでは数週間で学ぶことになります。いつもはクラスで一番になりがちな彼らが、スピーディーでハイレベルな内容に挑戦したり、仲間たちとの健全な競争関係から切磋琢磨しあったりすることを通して、子ども達が自分の好きな分野の学びに没頭できる機会は貴重です。

次に、社会面においては、普段はガリ勉的なレッテルを貼られることにコンプレックスを抱きがちな子ども達が、学ぶ事が大好きな同年代の仲間と出会う機会になります。これは孤独感からの解放にもつながると考えられます。それ以外にも、ホームスクールを受けていて人との交流があまりない子ども達にとって、仲間やプログラム中に出会う大人との交流を通じて、情緒面や社会性における成長がもたらされる点にも重要な意義があるといえます。

ところで、サマーキャンプに参加した生徒や、CTYに長年携わっている同僚たちから、毎年プログラムに戻ってくる生徒はプログラムの時期がやってくるのを楽しみに待っていると聞きました。毎年参加する生徒にとっては、普段アメリカ全土に散らばっている仲間が一年に一度集まる場にもなります。プログラムで出会った仲間と、大人になっても素晴らしい友情を築いていることもよくあるようです。そして多くの卒業生はCTYでの経験に対してとてもいい思い出を持っていて、キャンプカウンセラーや先生など、スタッフとしてプログラムに戻ってくることも少なくありません。

このように、プログラム卒業生たちが、参加者同士、またCTYと長期的な関係性を続け、CTYネットワークとして広く生態系を築いていけることもプログラムの重要な機能です。CTYネットワークは、参加者自身が「異才児であること」に対し、ポジティブなアイデンティティの構築を助けます。また卒業生の活動を知ることで、参加者それぞれが社会に貢献できることを見つける上で、大切な役割を果たしているのではないでしょうか。

現在CTYのサマーキャンプは、小学校低学年対象の日帰り型は7都市、5−6年生の宿泊型は5都市、7−12年生の宿泊型プログラムは12都市で開催されており(1、2)、全米の各地で開催されていると言えます。そのため、全米の子ども達にキャンプ参加のチャンスがあります。日帰り型プログラムは地元の子どもがおのずと対象になりますが、宿泊型は全国のどこからでも参加が可能です。また、開催地によって提供されているクラスが違うので、子ども達は行きたいクラスによって開催地を選択できます。

このように、異才児の学術面や社会面において、たくさんの成長の機会をもたらすプログラムが用意されていること、そして、異才教育プログラムへの参加と講義の選択のチャンスができるだけ多くの子どもに平等に与えられるよう配慮されていること。これらは、異才児へのサポートの重要性に対する理解の深さと、個人の能力を伸ばすことを大切にするアメリカの価値観を反映しているのではないでしょうか。

参考URL)

http://cty.jhu.edu/summer/grades2-6/coursebysite.html

http://cty.jhu.edu/summer/grades7-12/

 

鈴木栄里(アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー 在住)

vol.009
CTY 異才教育の現場から 2

こんにちは。前回アメリカの異才教育の大御所、Center for Talented Youth (通称 CTY)について、主に学習面について紹介しました。今回はCTYのサマーキャンプのもう一つの側面についてお話したいと思います。

CTYのサマーキャンプは子どもたちにハイレベルでチャレンジングな学習環境を提供し、子どもたちの知的欲求を満たす機会を与えています。しかし、CTYは子どもたちが勉強することだけが目的ではありません。実は、CTYのサマーキャンプにはもう一つ、重要な要素が組み込まれているのです。それは様々な人たちとの交流を通じて異才児たちの社会勉強の場とすることです。

CTYサマーキャンプは3週間。年齢によって日帰り型と宿泊型に分かれています。7歳から10歳は日帰り型で、地元の小学校で開催されます。11歳から18歳は宿泊型となり、CTYの提携大学のキャンパスで全ての活動が行われます。例えばキャンパス内の寮にスタッフと一緒に宿泊し、掃除や洗濯も自分で行い、学生食堂でみんなで食事をとり、大学の教室に通います。参加者の中には、3週間という長い期間、初めて親と離れて生活する子どもたちもたくさんいます。

また、サマーキャンプでは、午前中と午後の数時間は授業、夕方はアクティビティーというスケジュールが組まれています。授業の内容は前回(vol.011)紹介しましたが、アクティビティーはスポーツやゲーム、アートやクラフトなど多岐に渡り、生徒は各自が興味のあるアクティビティーに参加します。キャンプ中にはタレントショーが開催されたり、宿泊型の場合は週末にダンスパーティーが開催されたりと、イベントも盛りだくさん。授業では宿題もあるので、子どもたちは大忙しです。

CTYでは、参加者の評価は他の生徒との比較ではなく、各生徒がプログラムの前後でどのくらい成長したかが重視されます。評価レポートには学習面はもちろんのこと、コミュニケーション力、協調性、リーダーシップなどの「生きる力」につながる社会面についても詳細に記載されます。特に、その生徒の秀でた点がどのような場面・出来事で見られたか、どんな発言があったか、などが書かれており、時には個人へのアドバイスも含まれます。例えば、「最初はシャイで発表をしませんでしたが、 **のプレゼンテーションでは、とてもわかりやすく**の説明ができていました。『***』のように要点を簡潔にまとめるのがとても上手なので、これからは自信を持って人前で意見を言うようにしていくといいと思いますよ」という感じです。

こういった授業以外の遊びや暮らしを通じて、生徒たちは同世代の仲間と出会い、コミュニケーションを重ね、友情を育んでいきます。それだけでなく、生徒たちは普段の学校生活ではなかなか出会わない様々な大人たちと関わる機会も得ます。例えば、授業はインストラクターとアシスタントが受け持ち、アクティビティーはキャンプカウンセラーが企画・監督しますが、インストラクターやアシスタントは普段は高校・大学の教員や大学院生をしている専門的知識を持った大人であり、キャンプカウンセラーは大学生です。それだでなく、生活の中で、小学校や大学の事務や食堂で働いている職員など、毎日色々な年代や職種の大人との関わりもあります。

多くの場合、ホームスクールで同世代や親以外の大人たちとの交流が限られていたり、そうでなくても大抵は学校と家など限られた状況での交流が多い異才児たち。そんな彼らもCTYキャンプ中の様々な機会を通じて、たくさんの人やアクティビティーに出会い、コミュニケーションを深め、社会的な経験値を上げることができるのです。

 

鈴木栄里(アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー 在住)

vol.008
CTY 異才教育の現場から

今回は異才教育プログラムの先駆けとも言えるCenter for Talented Youth (通称 CTY。 Johns Hopkins 大学が提供する才能ある学生のためのプログラム)について、自らの経験と共にご紹介したいと思います。

CTYでは、才能を持った学生に対して夏休みに行われるサマーキャンプと、一年中受けられるオンラインプログラムを提供しています。どちらのCTYプログラムも、応募の際に、統一テストでの点数やCTY独自のテスト等で特定の学力基準を満たしている必要があります。サマーキャンプでは、数学・科学・社会科学の分野で、子ども達が興味のあることをとことん学べるクラスや、1年分の内容をキャンプ中に学べる早修型のクラスが提供されています(1)。そしてオンラインプログラムでは、小学生から高校生を対象に、数学や言語、コンピューターテクノロジーなどのクラスが各種用意されています(2)。

私は4年間サマーキャンプでたくさんの楽しいクラスを教えてきました。サマーキャンプは3週間。夏休み中に前期と後期の2つのセッションがあります。8歳から12歳は日帰り型、そして13歳から17歳は宿泊型のキャンプです。私は主に科学のクラスを教えていましたが、どれもユニークなクラスばかり。例えば小学2、3年生対象の「科学者になろう!」というクラス、小学3、4年生対象の発明のクラス,  中高生対象のクジラ学と河口生態学、動物学などです。

他にも科学の分野では宇宙物理学、遺伝学、工学などのクラスがあり、他の教科も普段学校では見慣れない凝ったテーマのクラスがたくさんあります。数学の分野では帰納法と演繹法のクラスやロボットのクラス、経済学や人文学の分野では、「ヒーローと悪者」という文学のクラスや物語を自分で作るクラスの他、国連から見た地球の地理、アメリカ史における法律と政策、論理、国際政策のクラスなど、多岐に渡ります。

1クラス20人以下の少人数のクラスは、複数の学年が一緒の合同教室です。CTYには、普段、クラスでトップの子どもたちが全米から集まってきます。どのクラスもテーマに興味を持った子どもたちが集まっているので、意見や質問がたくさん飛び交います。そして3週間で1年分を学ぶクラスでは、1週間で1学期分の教材を教えるにも関わらず、子どもたちはスポンジのようにどんどん知識を吸収していきます。中には既に知識が豊富で、CTYの講義でも物足りない子がいます。そんな子どもには大学の授業で扱っている論文を読ませたりしていました。

そしてこのサマーキャンプは、教える側もとっても楽しいのです。夏休みにも関わらず勉強したいとやってきて、目をキラキラさせながらハングリーに学ぶ生徒たちは、とても教え甲斐があります。自らもCTYの卒業生で、5年間CTYで教えている同僚は、普段は高校の科学教師ですが、毎年2月くらいからCTYのサマーキャンプを楽しみにしていると言っていました。

次回はCTYプログラムから感じた異才教育の意義についてお伝えしたいと思います。

参考URL

(1)http://cty.jhu.edu/summer/index.html

(2)http://cty.jhu.edu/ctyonline/about/

 

鈴木栄里(アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー 在住)

vol.007
アメリカにおける異才教育の歴史と現状

こんにちは。バークレーもトマトやきゅうりなどの夏野菜が美味しい季節になりました。

今回から数回に渡り、アメリカでの異才教育についてレポートしたいと思います。

まず、アメリカでは、異才児のことをGifted and Talented studentと呼び、連邦政府によると「生徒、子供、若者が”異才”という時、その学生や子供、若者には知能的、創造的、芸術的、リーダー的能力や特定の学術面に置いて高い能力を持ち、これらの能力を十分に発達させるために既存の学校では提供されていない適当なサービスが必要であることを示す」と定義されています。また、国の定義に加え、州ごとにも個別の定義がなされています(1)。

さて、アメリカは個人主義的で、早期から個人の能力を受け入れ、伸ばしているようなイメージを抱いている方も多いのではないでしょうか?現在アメリカでは才能をもった優秀な学生は一般に、普通の学校環境の中で学習しています。そして様々な機関により学校内外で特別プログラムが設けられています。2006年の時点で全米の生徒の約7パーセントがこうした恩恵を受けています(2,3)。

しかし、2004年に発行された「欺かれた国家」というレポートでは、アメリカでは才能豊かな生徒に対する制度がまだまだ不足していることを指摘しています(4)。レポートでは「アメリカ教育制度は、クラスメートと歩調を合わせた学習方法を聡明な生徒に対して強要します。教師や校長は、もっと学びたい、教えられる以上のことを学びたいという彼らの意欲を無視」しているとし、優秀な学生に対する、飛び級、早期入学などを含めた加速教育の普及を促しています。レポートの結果、2006年にアイオワ大学の教育大学 (College of Education)において、加速教育に特化した研究機関 (Acceleration Institute: 加速教育研究所)が設立されました。加速教育とは、通常よりも速い進度でカリキュラムを進めたり、同年齢グループよりも早期にカリキュラムに参加させる、一種の教育的介入です。 加速教育には、単一科目の加速教育、飛び級、早期入学、アドバンスト・プレースメント(Advancet Placement:AP)プログラムなどがあります(4)。

では、現在までに、アメリカで異才教育の機会が普及してきた経緯を追ってみましょう。

まず1955年にフォード財団が高校生対象のAPプログラムを創設しました。このプログラムを通じて生徒は高校にいる間に大学レベルの授業を受けることが可能になりました(4)。

次に、才能をもった子どもたちの加速教育に注目が集まったのは、冷戦中のソ連によるスプートニクの発射でした。1983年に政府によって発行された A Nation at Riskというレポートでは、アメリカでの教育状況が他の先進国に比べて衰えていることが懸念され、改善点の一つとして、加速教育などを通じた天才児教育プログラムの充実を奨励し、連邦政府による天才児の発掘と彼らへのサービスの向上が求められました(6)。それを受けて、1988年にはジェイコブ・K・ジャビッツ・ギフテッド・タレンテッド学生教育法 (Jacob K. Javits Gifted & Talented Student Education Act)が制定され、連邦政府による異才児教育に対する研究やプログラムへの助成が始まりました(7)。

AP設立後60年がたった現在、アメリカではAPプログラムが大きな広がりを見せています。毎年100万人以上のアメリカの中高生がこのプログラムを利用しており(4)、30科目以上でAPコースが提供されています(5)。そして、APテスト(履修科目の単位取得のための試験)で高い成績を得た場合、大学の一般教養科目の単位と認められる仕組みになっています(5)。

APテストを受ける生徒は毎年増えており、2004年時点では190万の試験が実施されていたのが(4)、2013年には230万になっています(8)。

APの他に、異才教育機関として、ジョンズ・ホプキンス大学の Center for Talented Youth (CTY)が挙げられます。

1970年代にはジョンズ・ホプキンス大学のジュリアン・スタンレー教授の働きによって異才児に対する教育の機会が増加しました。そのきっかけは、数学に長けた生徒を60年以上研究してきたスタンレー教授が、大学生レベルの能力を持つ12歳の中学生と出会ったことでした。その当時、この中学生は既存の進学高校のAPコースへの進学を希望したものの、受け入れ先が見つからず、その才能ある生徒に与えられた選択肢は中学校に残るか大学進学のみでした。そこで、スタンレー教授がこの生徒の才能を伸ばすべく支援を始めました。中学生は13歳でジョンズ・ホプキンス大学に入学し、スタンレー教授の指導の元、優秀な成績を納め、17歳で大学を卒業、修士号も取得しました (4)。

この中学生との関わりから、大学による支援を必要とする中学生がほかにも地域にいるのではないか、とスタンレー教授は1972年にボルチモア市で調査を実施し、450人の生徒が学校では得られない援助を必要としていることがわかりました。その中学生たちへの支援を皮切りに、1979年にはCTYが誕生しました (4,9)。

その後、CTYでは毎年6歳から18歳の生徒を対象に夏季講習が実施されており、2012年には9,450名の児童・生徒が3週間の夏期講習を受け、毎年13,000人以上の受講生が同校の提供するオンラインコースを受けています(9)。そして、CTYやCTYから分離独立したデューク大学、ノースウェスタン大学、およびデンバ ー大学の同様の施設において、毎年20,000人から25,000人の学生が夏季講習を受講しています(4)。

APプログラムやCTY以外には、天分と才能を持つ生徒に対する特別な対応について各州の特別教育法に規定し、州ごとに対応をしています (2)。例えばカリフォルニア州では、GATE (Gifted And Talented Education)プログラムとして州から各学区に対して予算が提供されています。

今回は、アメリカにおける異才教育の歴史と現状について紹介しました。次回は異才教育のプログラムの内容に焦点を当ててレポートをお送りしたいと思います。

参考)

(1)http://www.nagc.org/resources-publications/resources/definitions-giftedness

(2)http://aboutusa.japan.usembassy.gov/pdfs/wwwfj-education-overview.pdf

(3)http://nces.ed.gov/pubs2012/2012001.pdf

(4)http://www.accelerationinstitute.org/nation_deceived/international/nd_v1_ja.pdf

(5)https://apstudent.collegeboard.org/exploreap/the-ap-experience

(6)http://www.nagc.org/resources-publications/resources/gifted-education-us/brief-history-gifted-and-talented-education

(7)http://www2.ed.gov/programs/javits/index.html

(8)http://www.kpbs.org/news/2014/feb/11/more-students-taking-advance-placement-tests-ever/

(9)http://cty.jhu.edu/about/mission/

 

鈴木栄里(アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー 在住)

vol.006
PBL、ガーデン+クッキングプログラム:実学に基づく取り組みの意義と課題

こんにちは。カリフォルニアのベイエリアでは夏も盛り。最近ではブルーベリーやラスベリーなどのベリー、また桃や杏、ネクタリンやさくらんぼが旬を迎え、店頭はフルーツで色とりどりです。

さて、vol.005とvol.007の2回に渡って、アメリカの学校における新しい取り組みを紹介してきました。

vol.005で紹介したProject Based Learning(以下、PBLと略)は、生徒の自主性を尊重した実践型教育方法で、日本では「課題解決型学習」と呼ばれています。PBLでは生徒たちは複雑な問いや課題に対し、長期間かけて自ら回答を見つけるプロセスを通じ、知識やスキルを習得していきます。そして、vol.007のガーデン+クッキングプログラム(Gardening and Cooking Program:注1)は、菜園で野菜を育て、育てた野菜を使って料理をすることを通じて、健康や環境についての知識だけでなく、教科科目の内容を学び、ライフスキルとして身につけていきます。

PBLやガーデン+クッキングプログラムは、実学に基づき、教科を複合的に学び、生徒が主体的に関わる、という意味で共通しています。これらの取り組みが学校に導入されることで、次のような意義があると考えられます。

第一に、生徒の学びへのモチベーションが向上することが挙げられます。

例えば、vol.005でも取り上げた、PBLを導入したSan Jose高校のスペイン語のクラスでは、「スペイン語の絵本を作成し、小学生に読み聞かせて披露する」というミニプロジェクトが実施されました。このゴール達成のためにはスペイン語を話すことが必要ですが、スペイン語で話すことが苦手な生徒が抵抗なくスペイン語の練習をすることができたそうです。この学びのプロセスはあまりにも自然なので、生徒は自分が勉強しているということにも気づかず、先生も「生徒の学びに対する態度が変わった」と話していました (*1)。

この例からわかるように、課題解決型学習では生徒の主体性が尊重されることで、生徒は与えられた課題に対して、やらされている感じを受けずに、必要な知識を自主的に探求することができます。また、課題解決のためのツールとして学習を進めていくため、学んだコンテンツが具体的にどう役立つのかが明確になります。そして、学校の外、つまり地域やコミュニティーと関わる機会を通じて、生徒は学校での学びが社会にどう影響するかを実感し、それがさらなる学びへのモチベーションに繋がっていくのではないでしょうか。

第二に、子ども達がより多面的な評価を受ける機会が増加します。例えばエディブルスクールヤードでは、言語が苦手でも手作業には長けている子どもは、教室であまり目立たないかもしれないけれど、ガーデン作業で能力を発揮でき、それによって仲間からの信望を集められることを重要なプログラムの利点として挙げています(*2)。このように、教室の中では見えなかった本人の個性や才能が、周囲の先生や生徒から評価されやすくなると考えられます。さらに、このような環境では子どもの秘められた力が発揮されやすく、大人から子どもに対する信頼感もアップするというプラスの循環も生まれるようです。例えば、ウィラード中学校(Willard Jr. High School) のMatt先生はグローイング・リーダーズ(Growing Leaders:vol.007参照)のプログラムを通して「子ども達だけで、プロの規模のキッチン運営ができることを目の当たりにして、驚いた」と語っていました。

しかし、PBLやガーデン+クッキングプログラムなどの新しい取り組みには、いくつかの課題もあります。

まず、プログラムを継続するための予算の獲得が難しいという面があります。その理由の一つとして、プログラムの評価が難しいことが挙げられます。特に、これらのプログラムを通して生徒が学んでいるライフスキルなどは、将来的に本人たちへの利点があるとしても、暗記をベースとした従来型のテストの成績に現れにくく、学習効果を示す方法があまりありません。ストーリーや体験談を一生懸命説明したところで、客観的な指標を示すことができなければ、予算提供機関を説得するのは困難です。

そして、プログラム設計自体も簡単ではありません。子ども達にとって、体験学習は教室での授業に比べて楽しいものでしょう。しかし、楽しいだけで終わってしまわず、カリキュラムの学習につなげる仕組みには、十分な準備と工夫が必要です。学年や子どもの理解度に合わせたプログラムやコンテンツを作り、各教科のカリキュラムをいかに効果的に実学に落とし込むのか。プログラム設計者としての教師の腕が試されます。

最後に、PBLやガーデン+クッキングプログラムなどの自由度や応用度の高いプログラムには、教師のマネジメント能力が問われます。生徒主体の講義では、教師がコントロールできる部分が減るため、予想外のことが起こりやすくなります。そういった状況で柔軟に対応し、生徒の学びのプロセスに沿っていく姿勢が教師には必要になります。生徒に必要なリソースを提供しつつ、いつ介入し、いつ見守るかのバランスを図り、生徒がミスをしたとしても、そこから生徒自身が学ぶためのスペースを与えることが大事です。こういった関わりを通して、ある意味、教師自身も教室での自らの役割を再構築していく必要があります。

したがって、PBLやガーデン+クッキングのようなプログラム運営には、まずスタッフである教師の質の向上が最初の課題かもしれません。この課題を解決するために、エディブルスクールヤードでは毎年ガーデン+クッキングプログラムに従事する教育関係者を対象に、アカデミーを開催しています (*3)。またPBLのカリキュラム提供や人材教育を行っているBuck Institution for Education も毎年会議を開き、ベストプラクティスを紹介しています(*4)。

PBLなどの課題解決型学習に対する学校関係者からの注目度は上がっています。PBLに関しては、アメリカ全土でコモンコアスタンダードが導入され、コモンコアの学習基準が重視している要素とPBLの教育指針との関連性が高いことが理由としてあげられます(*5)。そして今年度からはコモンコアの学習基準に沿って作成されたアセスメントの運用が始まります。したがって、今後PBLによる学習効果がアセスメント結果にどう反映されてくるかが気になるところです(*6)。

変化しつつあるアメリカの教育システム。それに伴って発展してきたこれらの新しい教育モデルが、これから子ども達の学びにどのような影響を与えるのか。今後も目が離せません。

注1:vol.007ではキッチン+ガーデンプログラムと呼んでいました。ガーデン+クッキングプログラムの様子は、以下のサイトで詳しく紹介されています。http://www.berkeleyschools.net/gcp/

参考)

*1  San Jose高校の例は同校のスペイン語教師Alberto Alonsoさんに筆者が行ったインタビューに基づいています。

*2  http://www.edutopia.org/edible-schoolyard-school-garden-video

*3  http://edibleschoolyard.org/academy

*4  https://pblworld.org/

*5  http://edsource.org/2015/project-based-learning-on-the-rise-under-the-common-core/78851#.VV-62NNViko

*6  http://www.corestandards.org/about-the-standards/frequently-asked-questions/

 

鈴木栄里(アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー 在住)

vol.005
野菜を育てて食べる、その先へー「キッチン+ガーデンプログラム」

こんにちは。バークレーでは朝は曇り、お昼過ぎになって太陽がやっと顔を出すという、これぞベイエリアの夏!という気候になってきました。

今回はプロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)に引き続き、カリフォルニア州バークレーでのイノベーティブなカリキュラムの例、キッチン+ガーデンプログラムを紹介します。

キッチン+ガーデンプログラムでは、子ども達がガーデンで野菜を育て、自分たちが育てた野菜で料理を作り、それをみんなで食べるという体験を通していのちの循環を学びます。つまり、食と農を中心にした教育プログラムです。まずは、キッチン+ガーデンプログラムに先駆けて始まったエディブルスクールヤード(Edible Schoolyard)について説明したいと思います。エディブルスクールヤードは最近、NHKの番組「アリスのおいしい革命」で紹介されたので(*1)、皆さんの中にもご存知の方がいらっしゃるかもしれません。

エディブルスクールヤードは1995年にバークレー校区のマーティンルーサーキング中学校で始まりました。このプログラムは、地元の農家から仕入れた新鮮でオーガニックな食材を使った家庭風フレンチレストランを、長年バークレーで経営してきたアリス・ウォータースさんと、当時の校長先生のコラボレーションによって生まれました(*2)。この中学校では、生徒たちは理科の時間の一部をガーデンで、社会の時間の一部をキッチンで過ごします。そしてガーデンやキッチンのクラスはクラス担任の先生ではなく、ガーデンティーチャー、キッチンティーチャーと呼ばれる専属の先生によって指導されています。

ガーデンやキッチンのクラスは他の学習要項と関連づけたカリキュラムに組み込まれているため、一時的な体験としてではなく、継続して学ぶことになります。例えば、中学2年生はシルクロード貿易について社会の授業で学ぶと同時に、それとリンクさせてデザインされた以下の4つのレッスンをキッチンクラスで体験します。まず、中国の文化と技術を学びながら蒸し餃子を作るレッスン、インドの香辛料の貿易と歴史を学びながらカレーを作るレッスン、イタリアの文化と技術を学びながらパスタを作るレッスン、最後に材料を交換する貿易ゲームを通じてライスプディングを作るレッスンです。これらの体験から、生徒たちはシルクロード貿易によって可能になった食文化や技術を学びます。実はエディブルスクールヤードのプログラムはROCKETキッチンのモデルでもあるのです。

一方、キッチン+ガーデンプログラムは、エディブルスクールヤードと同時期にカリフォルニア教育省が進めたGarden in Every School Program (すべての学校に菜園をプログラム)という政策を受けて、1998年からバークレー校区すべての小中学校と高校で始まりました。その後、12年間に渡って州政府からの予算が運営経費として各学校へ割り当てられ、プログラムが実施されてきました。しかし昨年、キッチン+ガーデンプログラムの州政府予算が削減され、現在はプログラム存続の危機に見舞われています。

そんな中、ウィラード中学校(Willard Jr. High School)では、今年度から、打開策としてグローイング・リーダーズ(Growing Leaders)という新たなプログラムをスタートさせました(*3)。これまでのプログラムと同様に、生徒たちはガーデンで栽培した野菜を調理しますが、このプログラムではさらに「Josephineというホームシェフの料理販売専用のウェブサイト (*4)を通じて地域の人に販売する」というケータリングビジネスの要素が取り入れられているのが特徴です。

グローイング・リーダーズは中学2年生・3年生を対象に、音楽や美術などの選択科目の一つとして提供されています。このプログラムを選択した生徒たちは、翌年の同校でのキッチンプログラムを存続させるための運営資金を調達するために、「一年で200万円の売り上げを達成する」という目標を掲げました。そして月曜日から木曜日まで毎日1時間半の授業に参加します。隔週でキッチンティーチャーが作成したメニューをウェブサイトに掲載し、注文を受けます。一回の注文は多い時には200食程になりますが、約30名の生徒たちが、食材の下準備・調理・梱包・販売までを行って対応します。そして翌週は顧客からのフィードバックを吟味し、次回への改善点を考えます。

グローイング・リーダーズでは、生徒たちは作物や料理を作るだけではなく、商品を市場に販売することまで体験できるため、経済や経営に関する知識を習得する機会を得ます(*3)。そして、自分たちの商品のお客様である地域の人たちとの関わりを通じて、自分たちの学びや活動が社会へ与える影響を実感することができます。結局、一年目の成果として、生徒たちは売り上げ目標を達成し、次年度の同校でのキッチン+ガーデンプログラムの継続を可能にしました。

さて、前回と今回の2回に渡って、アメリカの学校における新しい取り組みを紹介しました。次号ではこれらの取り組みの意義などについてまとめてみたいと思います。

参考

*1 http://www4.nhk.or.jp/P2629/

*2 エディブルスクールヤードはマーティンルーサーキング中学校と提携を結んでいる非営利団体です。エディブルスクールヤードは中学校に対してカリキュラムとガーデンティーチャー、キッチンティーチャーなどのスタッフ、ガーデンやキッチンの施設を提供し、中学校は土地と光熱費を担当するという契約の元で運営されています。エディブルスクールヤードの詳細についてはhttp://edibleschoolyard.org/を参照してください。またエディブルスクールヤード設立の歴史については日本語に翻訳されている「食育菜園 エディブルスクールヤード」に詳しく載っています(http://www.pebble-studio.com/edibleschoolyard.htm)。

*3 http://www.growingleadersbayarea.com/growing-leaders-business-elective.html

http://www.eastbayexpress.com/oakland/east-bay-producer-nanosaur-eschews-the-spotlight/Content?oid=4151601

*4 https://josephine.com/cooks/growingleaders

 

鈴木栄里(アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー 在住)

vol.004
プロジェクト・ベースド・ラーニング − 生徒が作る新しい授業のカタチ

バークレーは暑くなったり寒くなったり気まぐれなお天気が続いています。

今回は、近年、アメリカの学校で盛んに取り組まれている学習モデル「PBL」について紹介します。

「PBL」とはProject Based Learning の略で、日本語では「課題解決型学習」と呼ばれています。これまでの受け身の講義形式とは異なり、生徒の自主性を尊重した実践型教育方法です。PBLスタイルの授業では、あるテーマに沿って総合的に学習を組み立てます。生徒は与えられた具体的な課題に数ヶ月間取り組み、じっくり時間をかけて成果物を作ります。PBLでは、生徒が自ら調査し、生徒同士の質疑応答によって授業を進めていくため、その過程で実践的な知識や方法論を取得していくことが期待されます。それでは教師はどんな役割をするかといえば、テーマに関する情報源、調査の誘導役、話し合いのファシリテーターです。そのため、生徒がプロジェクトを進める上で、上から情報を押し付けたり、与え過ぎたりしないようにして、生徒が必要なときに、必要なだけのサポートをします(*1)。

では、PBLスタイルの授業が学校で盛んに実施されるようになった背景にはどんな理由があるのでしょうか。

まず、アメリカでも、生徒から「授業がつまらない、意味がない」という声が挙がっています。それに対し、PBLは生徒が自分の頭と体を使ってリアルな課題に直面することで、彼らが学習と実世界の関連性を主体的に学んでいくことを可能にします。また、講義形式の授業に比べ、PBLでは生徒が学んだことを長期的に記憶しておくことができ、その知を新しい状況に応用する力が身につくという、PBLの効果を示す研究結果も出ています(*2)。

次に、前回(vol.004)お伝えした全米共通学力基準(コモンコア)では、生徒達はクリティカルシンキング(批判的思考)の力、問題解決能力、そして分析力が求められるようになりました。PBLはそれらの能力の発達を促すことに加え、様々なメディアを使ったコミュニケーション能力、さらにグループで協働する力なども効果的に身につけられる方法だと言われています(*3)。これらの要素がPBLが注目を集めている理由とも考えられます。

もともとPBLはカナダの医学生のために開発された教育モデルです。これは医学生が実際の患者さんの症状に対して、診断の仮説を立て、リサーチして情報を集め、自らの仮説を評価する、というプロセスを基本にしています。その後、このモデルがビジネススクールや法律系の大学や大学院などの高等教育に適用されてきました。そして近年、同じアプローチが初等・中等教育の数学、科学、社会科学の分野で採用されるようになりました(*4)。

例えば、2013年、San Jose高校では9年生(日本で言う高校1年生)を対象に、PBLが実施されました(*5)。生物、地理、国語の授業の合同プロジェクトとして行われたプロジェクトのテーマは「Nature vs. Nurture (生まれか育ちか)」。生物では遺伝的観点の調査及び考察を、地理では美の意識に関する調査を通じて文化的観点の考察を行いました。そして、国語の課題として、自分たちの調査に基づく発見や考察を言語化し、論文にまとめました。生徒たちは2ヶ月間、3人グループでプロジェクトを進め、最終的に学年全体で発表会を開催しました。

San Jose高校でPBLの導入を経験した教師は、PBLの利点として以下を挙げています。第一に、生徒にとって学びに対する選択肢が増える事で、生徒がより興味をもって課題に取り組むこと。第二に、学校の外部(例えば、親、コミュニティ、等)との関わりが増えること。第三に、多様なメディア(You Tubeにプロジェクトを掲載する、親やコミュニティを招待して発表をする)を使って成果を発信する事で、自分たちが学んでいる事柄の社会的な意味や影響を体感できること。最後に、PBLでは多量の学習内容を網羅的に学ぶことはできないが、それぞれの内容に対する理解の質が上がること。

このように生徒の学びに対する姿勢や学びの質にプラスの影響を与えているPBL。次号でも引き続き興味深いPBLの取り組みについて紹介したいと思います。

参考

*1 http://bie.org/object/document/project_based_learning_a_review_of_the_literature_on_effectiveness

*2 http://bie.org/object/document/project_based_learning_a_review_of_the_literature_on_effectiveness

*3 http://bie.org/about/why_pbl

*4 http://bie.org/object/document/a_review_of_research_on_project_based_learning

*5 San Jose高校の例は同校のスペイン語教師Alberto Alonsoさんに筆者が行ったインタビューに基づいています。

 

鈴木栄里(アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー 在住)

vol.003
コモンコア− ついにアメリカにも全国共通基準 導入!

そろそろ日本にも春がやってきた頃でしょうか?バークレーでは藤が満開です。

今回はアメリカの教育制度についての続編です。前回お伝えした No Child Left Behind(落ちこぼれ防止法。以下、NCLBと略記)の問題点を受けて、近年導入されたCommon Core Standardと、その影響についてお話したいと思います。

NCLBではテスト重視の教育へ転換したにもかかわらず、効果はあまり見られませんでした。実際 、PISA(Program for International Student Assessment 国際学力調査)の数学の結果を見ると、NCLBが法制化された2002年に世界18位だったアメリカは、2009 年には31位に落ちています。そのためオバマ大統領は2009年にRace to the Topという新しい法律を定め、生徒の学力テストの成績に基づいて、連邦政府から追加の資金提供が受けられるようにしました。こうすることで、州同士での競争を生み出し、学力の向上に対するインセンティブを高めようと試みたのです(*1)。

しかし、ここで、アメリカには国として一貫した教育基準がないことが問題となりました。NCLBでは、各州政府に対して、学年レベル別に教育上の達成基準を定めるよう義務づけましたが、学習内容や達成度の水準はそれまでと同様に各州で決めていました。そのため、生徒の学力を州ごとに比較することができず、国全体で学力向上を図ることは困難でした。

そこで、Common Core Standard(以下、コモンコアと略記)が提唱されました。コモンコアは、アメリカの生徒が高校卒業までに数学と読解で習得すべき学習達成目標を、学年ごとに定めた「全米共通学力基準」です。コモンコアは大学や仕事で成功するために必要な知識とスキルを取得することを目指し、クリティカルシンキング(批判的思考)、問題解決能力、分析力に焦点をあてて作成されています。2009年に作成が始まったコモンコアは2014年に完成し、同年、カリキュラムが施行されました。現在では、全米50州のうち45州がコモンコアを採用しています(*2、*3)。

国際基準のトップ水準に合わせて作成されたコモンコアは、それ以前に策定されたどこの州の学力基準と比べても厳しいものになっています。また、各学年で教える内容が削減され、代わりに、より深く内容を理解することが推奨されています。そして、それぞれの単元に具体的な達成基準が示されています。例えば、5年生の代数に関する基準の一つ「数式表現を書き解釈する」という点に対して、「数の計算を記録でき、数式表現を実際に計算せずに解釈できる。例えば “8足す7かける2”が 2×(8+7)と表記されることを理解し、また、3×(18932+921)は18932+92の3倍の数である、ということを実際の計算をせずに理解できる」というように、とても細かい指示が与えられています(*4)。

このコモンコアの導入はまだ始まったところであり、アメリカの教育にどのような影響があるか定かではありません。しかし、コモンコアが導入されることにより、「何を教えるか」ではなく、「どう教えるか」にフォーカスした取り組みが可能になります。 また、共通の基準が出来た事で、全国の教員同士がコラボレーションできるようになったことも大きな変化です(*5)。

さらに、全国で共通した教材が利用できることから、教育アプリなどのサービスや教材の提供の面で、民間団体や企業が教育に関わる可能性が増えました。既に多くのオープンソースの教育関連商品やサービス、データベースが生まれています(*6)。例えば、EducreationsやKhan Academyのように、ビデオレッスンを作成・共有できるサービスは、授業のコンテンツ作りに活用され、授業内外での応用に広がりを見せています(*7、*8)。

また、オンラインテストであるコモンコアの学力テストに対応するために、多くの学区がタブレットを含めたIT設備の導入を進めています。それにより様々なアプリが学校に広まる機会も増えています(*9)。

一方で、コモンコアの導入に対して、懸念の声がない訳ではありません。例えば、教員の負担が大幅に増えることや、子ども達の創造性がさらに失われてしまうのではないかとの懸念、学校教育への民間の介入に対する危惧などが挙げられています(*10、*11)。

いずれにせよ、コモンコアの導入により、アメリカの教育が大きく変化する可能性があります。今後も引き続き注目していくことが必要となりそうです。

参考

大阪大学がニューヨークで行ったアメリカにおけるコモンコアスタンダードに対する学校の反応と課題に関する調査報告書 (http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/11094/26907/1/aes19-097.pdf

引用文献

*1 http://standardizedtests.procon.org/

*2 http://www.corestandards.org/what-parents-should-know/

*3 http://engineer.typemag.jp/article/uesugi-shusaku-24-2

*4 http://www.corestandards.org/Math/Content/5/OA/

*5 http://neatoday.org/2013/05/10/six-ways-the-common-core-is-good-for-students-2/

*6 http://www.edutopia.org/blog/common-core-math-elementary-resources-matt-davis

*7 https://www.educreations.com/

*8 https://www.khanacademy.org/

*9 http://engineer.typemag.jp/article/uesugi-shusaku-24-2

*10 http://www.huffingtonpost.com/pauline-hawkins/nclb-and-common-core_b_5236016.html

*11 http://www.reuters.com/article/2012/08/02/usa-education-investment-idUSL2E8J15FR20120802

 

鈴木栄里(アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー 在住)

vol.002
ターニングポイント 落ちこぼれ防止法の施行と影響

だいぶ暖かくなり、バークレーでは梅や桜が咲き出しました。

今回はアメリカの教育制度や教育観について見ていきたいと思います。

アメリカには、日本の様に国として統一された義務教育期間や一貫した教育基準がある訳ではありません。大抵の州では16歳までが義務教育となっており、一般的には5歳から幼稚園に通い、18歳(ハイスクール)まで学校に通い続けます。また、ガイドラインやカリキュラムも州が独自に定めています。例えばカリフォルニア州では、初等教育は幼稚園(6歳)5年生(11歳)、ミドルスクール(日本でいう中学)は6年生(12歳)8年生(14歳)、高校は9年生(15歳)12年生(18歳)となっています。義務教育年齢について言えば、例えばカリフォルニア州では6-18歳、ペンシルバニア州では8-17歳、メリーランド州では5-16歳と、州ごとにだいぶ違いが見られます(*1)。これもまた多様なアメリカらしい部分ですね。

そして学校予算や教師の採用などに関しては、州の中に設定された学区が個別で行っているため、富裕層と貧困層の学区では学校設備や教師の質に大きな差があるという現状があります。学校予算を例に挙げれば、カリフォルニ州にある950学区の中で、生徒一人あたりに1年間で使われている費用は平均して 8,452ドルですが、一番少ない学区(Plainsburg学区)では 5,874ドルであるのに対し、一番多い学区(Pacific Unified学区)では 59,638ドルと10倍もの差が見られます(*2、注1)。

学区によって教育に差があることを懸念した政府によって、2002年、アメリカ全土での教育基準を再設定し、学区に関わらず一定の教育基準を満たす事によって、低所得家庭の子供達の教育を向上させる事を目指し、No Child Left Behind (落ちこぼれ防止法。以下、NCLBと略記)が施行されました。この法律は各州に対し、学年レベル別に教育上の達成基準を定め、基準に達しない生徒の成績を向上させるために対策を講じることを義務づけています。また全ての学校で学生の学力向上を量るために、小学校3年生から中学2年生までのすべての生徒に読解/言語と数学のテストを受けさせる事を義務付けました(*3)。

それによって教育の焦点に転換が起こってきているようです。従来アメリカでは独立心を持つということがとても重要視されてきました。しかし、アメリカ・日本・中国の幼児教育に関する比較研究では、アメリカの教育関係者が幼児教育にとって一番重要だと感じていた点は、「自分に自信を持ち、独立自立する事」が1989年には33.67%(トップ)であったのが2003年には19%に減少しました。これに対し、「言語やコミュニケーション能力」の項目が7.54%(1989年)から27.2%(2003年)と大きく上昇しました。それに関して、研究者も「このことは、近年のアメリカの幼児教育の政策と一致しているといえよう。アメリカ合衆国で2002年1月に可決された教育改革法NCLBでは、おちこぼれをなくすために、就学前教育におけるアカデミックなカリキュラムが盛りこまれた。高い失業率や拡大する貧富の差、デジタルディバイドへの恐れや移民問題、子どもの早期教育を望む親が増加し、また政策も早期教育の必要性を明確にしている。こうした社会的背景が、幼児教育についての考え方、文化的意味を変化させたともいえよう」と分析しています(*4)。

NCLB下で学校教育を受けた友人達は、学力テストが義務化され教育の重点が創造的思考からテスト中心になった事により、音楽や美術などのクリエイティブな授業が減り、子供達の独自性や多様性を伸ばす余裕が学校からなくなったと感じた、と話していました。実際、2004年に小学校の校長を対象に行われた調査では、約75%の学校が数学や英語などのテスト科目時間を増やすために美術などの時間を減らしたというデータも明らかになっています(*5)。NCLBがアメリカの教育に与えた影響は大きなものだったと言えます。

次回は、NCLBにおける様々な問題点を受けて近年導入されたCommon Core Standardとそれによる影響をについてお話したいと思います。

注1)近年カリフォルニア州では、これら学区間の差を少なくするために学校予算改革が行われることになりました。この改革によって、全ての学区において、学年によって各生徒あたり同額のベースライン予算が分配されるようになるそうです(*6)。

引用文献

*1 http://nces.ed.gov/programs/digest/d08/tables/dt08_165.asp

*2 http://californiawatch.org/k-12/spending-far-equal-among-state-s-school-districts-analysis-finds-10567

*3 http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-pub-brief-education.html

*4 http://www.coder.or.jp/hdr/20/HDRVol20.5.pdf

*5 http://www.elegantbrain.com/edu4/classes/readings/294readings/art.pdf 

*6 http://edsource.org/publications/local-control-funding-formula-guide#.VPZOoVPF8a4

 

鈴木栄里(アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー 在住)

vol.001
みんな違って当たり前

得意なことならすごい能力を発揮するのに、ほかのことには興味がなかったり苦手さを抱いていたりして、周囲からなかなか評価されない。そんな凸凹をもった子どもたちは海外ではどんな教育を受けているのでしょうか?凸凹海外教育通信では、海外の教育や生活・文化などについて最新の動向をお伝えしていきたいと思います。まずはアメリカ合衆国の西海岸についての連載です。

私は高校卒業後、イルカの研究者になるという夢をかなえるべく、アメリカ留学を決めました。まずカリフォルニア州のオレンジカウンティーにあるコミュニティーカレッジ(日本で言う短期大学)に3年間通い、英語の勉強や一般教養科目を履修したあと、サンディエゴの大学に編入しました。

カレッジに行き始めて、私が驚いた事の一つは、英語を母国語としない人が周りにとても多い事でした。ルームメートはベトナム系カナダ人、グアテマラ人、日本人やサンディエゴ生まれのアメリカ人で、ルームメートと食べる夕食はバラエティーに富んだものでした。また、カレッジではインターナショナルクラブ(留学生が主ですが、いろんな文化に興味がある学生が関わるクラブ)に所属していましたが、そこでは、フランス系カナダ人、フィリピン人、ベトナム人、イラン人、中国人、ポルトガル人、などの友達ができました。アメリカは「人種のるつぼ」って聞いていたけど、本当にそうだな、と実感しました。

実際、アメリカほど多民族、多文化な国は存在しないでしょう。私の住むカリフォルニア州では、人口3,800万人のうち、外国出身の人は27%、家庭で英語以外の言語を使う人は43%と、周りにいる2人に1人が英語以外の言語を母国語にしています。一つの学校を見ても、多様な文化・言語背景の人が集まっている事もよくあります。例えば私の住むバークレーにあるマーティンルーサーJRハイスクールという中学校は全校生徒が1,000人程ですが、学生が話す言語の総数は30カ国語だと言います。また、アメリカでは個別障害者教育法により、障害を持つ約96%の生徒達が普通の学校に通っており、公立学校に通う障害を持つ生徒のおよそ半分が80%以上の時間を通常のクラスで過ごしています。

次に、大学の授業で驚いたのは、自分の意見を求められる事がとても多い点でした。文化や言語などバックグラウンドの違う生徒達は、自分の意見を言葉で表現する事に慣れているようでしたし、実際に、彼らは中学・高校の歴史や科学など様々なクラスで討論の時間があり、自分の考えを伝える事をライフスキルとして早くから学んでいるようでした。そして他人と違う意見を発言したり、他人が自分と違う意見を持っているという事を自然に受け入れたり、自分の意見があり、かつそれを主張できる事を良しとして奨励したりと、意見の多様性に対する態度が「出る杭は打たれる」という意識が主流の日本とは、全く違う事は明らかでした。

このように、アメリカの日常では、家庭で話している言語や文化も全く違う生徒や障害をもった生徒が学校生活を共にしています。一つのコミュニティーで多様な人々が日々関わり合いを持つ機会が多いので、「一人一人が違って当たり前」という意識が周りの人との関係性の中で自ずと育つのだと思います。そして、社会として多様性に対する懐の深さがとても重要になっていくのでしょう。

 

鈴木栄里(アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー 在住)

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