ROCKETキッチンから

vol.024
アジト化するキッチン

ここのところ、ROCKETキッチンがアジト化している。アジト化を推進しているのは、ネットの世界に勤しむギャングたちである。お菓子とジュースを入れたコンビニの袋とパソコンを手にして、彼らは地下のROCKETキッチンへやってくる。パソコンの電源をつなぎ、マイクラサーバに入ったら、Skypeをつないで遠隔の仲間を呼び出す。「1号館の階段を半ブロックにして縮尺を変えないと、実際と段数があわないぞ」「テクスチャもっと滑らかにしないと全然実物に見えない」そんなやり取りを交わしながら、ギャングたちはものすごいスピードでキーボードを叩き続ける。

マインクラフト、通称マイクラというゲームの中で作っているのは、ROCEKTの本拠地、東大先端研の1号館だ。暗号のような専門用語が混じった会話は、私にはほとんど理解不能である。ただ着実に、パソコンの画面内では1号館らしき建物の外壁が高く積み上げられ、内装が精巧に再現されていく。このギャングたちの正体は、ゲーム依存症と言えるほど、マイクラにはまった子ども達だ。時間があればキッチンに集まり、マイクラ建築という名の本気の遊びに没頭している。キッチンはいつの間にか侵略され、その時だけはギャングが集うアジトのように変貌する。地下という空間的特徴が手伝ってか、バーチャルの遊びがリアルにまで及んでくる勢いだ。そんな彼らを見ていると、子どもの頃の秘密基地での遊びが記憶の奥から蘇

ってくる。

子どもの頃、兄が男友達と繰り広げる秘密基地の遊びに憧れていた。兄に「付いてくんなよ!」と言われても、駆け足で後を追っては知らん顔で仲間入りさせてもらっていた。大きな岩や草原のある空き地が子どもだけの秘密基地だった。岩と岩の間にできた隙間に宝物を隠したり、マッチを擦って新聞紙を燃やしたり、ちょっと危険な遊びに夢中になった。大人がいない子どもだけの世界は常に無秩序と危険と隣り合わせだった。けれどいつしか、遊びを通してものごとの加減や踏み出していく勇気を身につけていった。秘密基地での遊びは、身の丈にあった学びと責任を育んでくれたように思う。

キッチンがアジト化するほどギャングたちが足繁く通うのは、ある意味、大人が立ち入らない世界の中で、彼らが思う存分、本気で遊べるからなのかもしれない。そこにROCKETで「マイクラで文化財を再現せよ!」という高尚なミッションを掲げられたら、さらに遊びは加速する。ギャング、もといマイクラ職人たちの本気の遊びであるオンライン建設は、10月末の完成を目前に、いま佳境を迎えている。彼らがより本気の遊びを続ける先に、私たち大人が知らなかった、彼らの時代の新しい仕事が生まれているかもしれない。そう思うと、キッチンで巣食う彼らの巣立ちがより楽しみになってくる。

福本 理恵

vol.023
見えないものを見る力

皆さんの記憶の中にも忘れられない「思い出の味」はあるだろうか?

今年度のPBL(Project Based Learning)の一つとして、「心に刻まれた思い出の味を探す」という何ともロマンチックな「ワッフルプロジェクト」が始まっている。ディレクターの思い出のワッフルの味を完璧に再現することができたら、その味に出会いにミネソタへ行くことができる。

ワッフルを焼くだけでアメリカに行けるなんて夢のようなミッション。子どもたちが広大なアメリカをイメージして目を輝かせたのも束の間、しょっぱなから難題が降りかかった。思い出の味について語るディレクターから「酸っぱいワッフル」という予想外の言葉が飛び出したからだ。

酸っぱいワッフル!?ワッフルといえば甘くてフワフワなものでは?酸っぱいワッフルなんてワッフルじゃない!

「酸っぱいワッフル」とは、一体何の酸味なのか?そのヒントはディレクターという他人の頭の中にしかない。答えを引き出すのは言葉のみ。謎の酸味を出す「あるもの」の正体を突き止めるため、子どもたちから質問が矢継ぎ早に飛び交った。「上品でまろやかな酸味」「ツンと来るけど嫌味じゃない酸味」「酸っぱいパンに似た酸味」「ビールのような香りのする酸味」「大人の渋いワッフル」…。言葉のキャッチボールを重ねるうちに、酸味の正体にぼんやりとした輪郭が現れてきた。そしてとうとう、子どもたちは「サワドゥ」という一つのキーワードに辿り着いた。

そう、思い出の味はどうやら「サワドゥ」という天然酵母の発酵に由来しているらしい。確かに天然酵母パンも独特の酸味がある。インターネットで調べれば、サワドゥのレシピはすぐにヒットした。けれど、作り方を調べる事と実際にそれを作る事、そして記憶の味を完璧に再現する事はいずれも全く似て非なる行為だ。サワドゥを作る過程では、見えない酵母菌を活発に動くよう操らなければならない。気温や湿度、粉の種類に水分量といった、細かな要素の組み合わせにより醸し出される息吹のようなものを感じ取れなければ、僅かな変化でも菌にとっては死活問題だ。

まさかワッフルの酸味が微生物によるものだとは!見えないものが相手だとすれば、これは大変手間のかかるワッフルになることは間違いない。見えないものを想像し、推理し、仮説を立てて検証する。その中で手立てを見つけていくしかない。小さな生き物を操るなんてそう簡単にできることではない。

サワドゥ・ワッフル作りで酵母と格闘し続ける子どもたちを見て思う。人の心も同じだと。サワドゥを通して見えないものを見る力を高めていた彼らは、いつの間にか心理学者と同じサイエンティストの視点で菌と対峙しているようだ。簡単に見えないからこそ、いくつかの大切な視点に気がつくようになる。それこそが、実は様々な物事に対する上で重要な視点になっていくという事に彼らが気づくのは、酸っぱいワッフルが成功する、ずっと先の事かもしれない。

私たちのサワドゥ・ワッフルを食べたディレクターの口からは「この味ではない」という何とも苦い一言しか引き出せなかった。酸っぱい味を求めて、プロジェクトはどんな展開になるのかまだ見えない。だからこそ面白くなる予感がしている。

【福本 理恵】

異才発掘プロジェクトROCKET プロジェクトリーダー。東京大学先端科学技術研究センター学術支援専門職員。専門は食育。

vol.022
悠久の時を駆けぬけたワッフル

ROCKET恒例プログラムに「解剖して食す」というものがある。タイトル通り、何かを解剖するのだ。初年度の2015年が軟体動物のイカ、2度目が甲殻類のカニ・エビ。それに続く3度目の正直となる今年のテーマは「小麦」だった。

「えっ、小麦?小麦って解剖するもの!?」と思われる方もいるかもしれない。それもそのはず。何故なら小麦ほどのミクロなものは解剖とは程遠い存在だからだ。現代においては自分の手で精麦して食べるなんて気の遠くなることなどなかなかできたものではない。けれどそれに果敢にチャレンジするのがROCKETだ。「自ら精麦した小麦でワッフルを作る!」というミッションを掲げ、今年度のプログラムはスタートした。

はじめに配られたのはピンセット、茶こし、一粒の小麦。まず一粒の小麦に果たしてどれほどの粉が入っているのか確認することが第一関門だ。一粒といえど、これほど小さく硬い殻から粉を取り出すのは至難の技である。取り出す方法は何だっていい。テーブルに無造作に置かれた古代の打楽器にしか見えない木の棒や石。各々それらの道具を手に取り小麦を叩いたり、すりつぶしたりして小麦に衝撃を与える。硬い殻が破れて白いサラサラとした粉が顔を覗かせる。

しかし、子どもたちが取り出した小麦一粒からの粉は0.1gにも満たなかった。ワッフルを作るためには110gの粉が必要だ。製粉するための時間と労力を考えると、精麦にかかる時間と労力を小さくする必要がある。彼らは頭と体を使いながら、文明が生まれるがごとく試行錯誤の連続を経て効率化された方法へと近づいていく。小さな小麦から一度にたくさんの量を精麦するためには、ある程度の広い面積の平面で上から重みと圧力をかけながらすり潰していくのがベストだ。必要な量を精麦するために死闘を繰り広げること3時間。彼らはやっとの思いでワッフルのための小麦粉を手に入れることができた。

有史以来、小麦が人の手により小麦粉にされ始めたのはおよそ5000年前、古代エジプトでのこと。それから人類は道なきところに道を作るように食べ物を安定的に確保できる技術を獲得し、蓄積してきた。スカラー候補生たちが辿ってきた小麦との格闘の時間はまさに人類が何千年という時間をかけて導き出してきた技術革新の道筋そのものだった。

現代社会に生きていれば便利な道具が当たり前のように日常に溢れている。どういう過程で作られたかも知らずに我々はそれらをただ使うだけになってしまった。先人たちが悠久の時間をかけて見出した最先端の技術の結晶が、私たちの周りにあることをもう一度考えなければいけない時代に生きている。今年のROCKETのテーマは「インターネットなしで生き抜け!」。PCのキーボードを叩けば瞬時に出てくる情報の嵐にのまれることなく、自分の手足や頭を使って導き出した経験こそがこれからの時代を生き抜く人間力のように思う。

時間と手間をかけて作ったワッフルは思いのほか、うまく焼けなかった。何故うまく焼けなかったのか、試行錯誤の果てに辿り着く味を求めてさらなるチャレンジに身を投じてほしい。

 

福本理恵

vol.021
恐るべし食材ハンター

ちょうど1ヶ月前のこと。黒褐色をした直径約5cmほどの球状の物体が研究室に届いた。隕石のように小さな突起が表面を覆い尽くす異様な形のその正体は、なんと高級食材の黒トリュフであった。フランスでは発情期の雌豚が鼻を利かせて、見事地中にあるトリュフの場所を探し当てるという。同じように鼻をくんくんと鳴らして匂ってみた。土と埃があわさったような、湿った森の匂いがほのかに香ってきた。高級とは程遠いぼんやりとした香りである。これが本当にトリュフ!?疑問が残る香りである。

遡ることさらに数日。とあるロケットのきのこ少年からお知らせが届いた。

「今日トリュフとれたけど、いる?」

きのこ少年からの連絡はいつも唐突だ。ハプニングに近い謎のメッセージは、時に予期せぬ幸運をもたらしてくれる。トリュフか判然としないこの物体は、きのこ少年から即決で「いる!」と答えた私への贈り物だったのだ。生でトリュフを見ることなんて人生にそうあることではない。ましてやこんなにたくさんのトリュフとなるとなおさらである。興奮冷めやらぬまま、本当に自分で採ってきたのかときのこ少年に聞いてみると、トリュフなんてどこにでもあると言う。そんな馬鹿な!!私はハタと立ち止まっていつもの彼の様子を思い出した。そういえば、きのこ少年はいつも大きな荷物を引きずるように持ち歩きながら、時々バックから荷物を落としながらキョロキョロと挙動不審に行動していた。彼が持っている荷物の中

は、きのこ撮影用のカメラ、各種レフ板、鏡、LEDライト、拡散板、撮影用テント、三脚、アルミホイル、リードクッキングペーパー、クラフト紙、カッター、ルーペ・・・などなど。出るわ出るわのお宝状態だ。

彼にとってきのことの遭遇は一期一会なのだ。次に同じ場所に来た時にはきのこは消えているかもしれない。だからこそ「備えよいつも!」の心境でドラえもんの四次元ポケット並みの道具を持ち、キョロキョロと首と目を回しながらいつもきのこを探している。そんな彼にとってはトリュフさえもどこにでもあるものになりえるのだ。普通の人は到底気づかない。気付くはずもないものに注意を向け、それを追い求める彼の姿勢はまさに恐るべしハンター。きのこ少年は学校に行かなくなってから、ますます自分の時間を謳歌し自らの世界に没入している。

トリュフをもらってから1ヶ月。最初は予想だにしなかったような芳醇で濃厚な香りをトリュフは放ち始めている。トリュフらしきものが本物だとわかるまでには時間がかかる。我が道を突き進むきのこ少年が、このトリュフのようにいつ本物になるかは誰にもわからない。ただ恐ろしいほどの可能性を秘めていることだけは確かだ。

 

福本理恵

vol.020
自己矛盾の旅

アウシュビッツ収容所、ホロコーストの象徴ともいえる場所がポーランドのクラクフにある。第二次世界大戦、ナチスドイツの支配下で、静かで美しい町の一部が凄惨な虐殺を繰り返す絶滅工場と化した。それから70年後の煉瓦造りのその場所は、異様な空気をまとっていた。

「飢える」ことを知らない今を生きる子どもたちと共に、その地に足を踏み入れた。門をくぐり、歩を進めるにつれ、薄曇りの曇天が過去の大罪を塗りつぶすように暗く広がり、背筋が凍るような感覚を覚えた。

クラクフの夏は30℃、冬は−20℃まで下がるという。そんな気温差が激しい土地で、50頭分の馬小屋規格で建てられたバラック小屋に1000人もの人が布切れ一枚で押し込められたという。隙間風が常に吹き込む小屋の中、用を足すこともままならない中で強制労働を強いられ続けたその人たちは、まさにナチスドイツが恣意的に定めた「優秀な人」の基準から外れてしまった人たちだった。労働力とみなされなかった人たちがガス室に送られるという悲惨な最期を辿るのと同時に、労働力とみなされた多くの人たちは過重労働と飢餓に悶え苦しみ亡くなっていった。

食べないということは死に直結する。時間とともに生命力を徐々に奪い取っていく餓死に人々を追いやったのは悪魔ではない。紛れもなく私たちと変わらない人間だ。これほどまでに非人道的な行為は特殊で異常な別世界のように感じるが、ある基準で優劣をつけて何かを選択していく心のあり方は全く同じものであるのだ。行き過ぎる思考や行為は、ある一つの方向性を持った時に加速する。人の貪欲な想像力や創造性が一方向に進む限り、アウシュビッツは過去として終わらない。実は、いつも私たちの心の中にはアウシュビッツは存在するのだ。この自己矛盾が、日々の暮らしに変化のある視点を持ち続けよと警鐘を鳴らしてくれる気がする。

 

福本理恵

vol.019
自分だけのレシピ

ROCKETキッチンでのプログラムにはレシピがありません。子どもたちに指南書も示さないなんて、冷淡なようにも思えます。では、何故レシピを用意しないのでしょうか?それは、初めてチャレンジすることに対して、恐れず試しながら自分の中で答えを出していくプロセスを経験してほしいからです。

レシピがあれば安心する人がいます。ないと不安で料理ができなくなってしまう人もいます。料理も、食材や調味料、調理器具の扱い方や調理方法などが分からないと、困惑して途方にくれてしまうことでしょう。ひょっとしたら料理すること自体が嫌になってしまうかもしれません。けれど、それぞれの扱い方を教わりながら覚え、経験を積み重ねていけば、むしろ自分で創意工夫を凝らして料理することが楽しくなります。

試行錯誤の中で一皿を自分の求める完成形に近づけていく。このことは人生の歩み方そのものにも当てはまるのではないでしょうか。料理本が示してくれるように失敗しにくい鉄板レシピのような人生設計はあるかもしれません。ですが、それが口に合うかどうかは人によって違います。

私は大学院に行くまで、親や世間が望むように進学してきました。しかし大学院の途中で、それまで築いてきたレールから降りる選択肢を選びました。それが料理への道でした。料理学校では最年長。人より遅いスタートでしたが、誰よりも意気込んでいたかもしれません。

その時から私は人が勧めるレシピでなく、自分の人生のレシピを作り上げていくことを始めました。自分で動き始めると、予想もしない苦境に出会うこともあります。失敗することも度々。ですが、そんな中でも自分の人生を生きている実感や満足感を得ながら生活することができるようになりました。だからこそ、余計に思うのです。自分の人生のレシピは自分でしか美味しくアレンジできないと。

様々な局面で出会うお母さんたちは、我が子から手を離すのは見捨てるようで怖い、辛い、と胸の内を打ち明けてくださいます。しかし、手を離さないということは、子どもたちが目指そうとしている美味しいゴールに対して、余計な調味料を加え、違う調理方法で望まない料理に導いてしまう危険性があるのです。ある一定の年齢を迎えた子どもたちは、これまで親が示してくれた生き様から生き方を学んできています。それだけでもう十分に料理ができる準備は整っているのです。次のステップは本人がトライするのみ。そこには勇気と強い意志が必要でしょう。子どもたちが一人だと踏み出せないはじめの一歩に寄り添える、そんなROCKETでありたいと思います。

 

福本理恵

vol.018
蝉時雨に誘われて

「ミンミンミンミンミーン ジリジリジリジリジリジリジリ ミーンミンミンミン・・・・」

気だるい暑さに猛抗議するように鳴り響く蝉の声。体感温度がジリジリと上がり額を汗が伝う中、一刻も早く冷房のある部屋を求めて足を早める。これが夏の歩き方の定例だった。しかし、どういうわけか今年は違う。首を振りながら地面や青空に目線をやり、時おり足をとめて耳を澄ませて蛇行して歩く。怖いもの見たさに「声の主」に出くわさないかと、怪しげな足取りで歩を進める。

夏休み最終週、軽井沢で「昆虫が食糧危機を救うことができるのか!?」というテーマの子ども向けプログラムを開催する。そんな中、昆虫食という「ゲテモノ」を研究することになった私は、虫を食材として見始めた。身の毛もよだつ昆虫を食べるなんて失神するかもしれない…お先真っ暗に思えた研究も、昆虫食の機能性の高さや昆虫の驚くべき生態を知るうちに、昆虫嫌いから脱皮しつつある。そんなわけで、獲物に目を光らせる猛獣のように、烈火の猛暑日にも寄り道しながら虫を探し歩いているというわけだ。今まで避けていたものが貴重な宝探しになるのだから、自分でも不思議に思えてならない。

昆虫食の研究の一環で始まった夏の寄り道は、記憶の彼方に置き去られた感覚と、新しい虫への見方を発見する冒険の日々を与えてくれる。蝉を素手で捕まえたのはもう何十年も前の小学生の頃。あの頃の私は、予測不可能な動きをする小さな生き物を両手の中にそっと包み、命ある別の生物が自分に触れている感覚を確かに感じていたはずだ。気を抜けば逃げていく生き物を逃すまいと必死に追いかけ、捕まえるための小さな実験をたくさん行った。採取に必要な色んな知識を実践で生かす、そんな繰り返しがそのプロセスにはたくさん詰まっていたように思う。学ぶことを意識せず、生きていくための学びを遊びの中で見つけていた。本能を刺激する遊びは、大人からやめなさいと言われてもやりたくて仕方のないものだった。

虫好きの少年たちが目をキラキラさせながら虫を追う姿を見ると、今なら心の底から共感できる。夏の終わり、蝉の声が響き渡る軽井沢で、「昆虫食」が物議を醸し、本能を刺激するスイッチを押してくれるに違いない。やめなさいと言われても続けてしまう昆虫集めで、子どもたちと大いに盛り上がるのが今から待ち遠しい。

 

福本理恵

vol.017
絶滅危惧種の食の仕事

食に関わる仕事と聞くと、どんな職をイメージしますか?インターネットで検索すると、シェフ、パティシエ、栄養士、フードコーディネーター、ウェイター、冷凍加工食品製造など様々な職がヒットします。しかし、検索結果の中に「ジュンサイ摘み」という仕事は出てきません。

先日、ジュンサイの若芽を摘むという機会がありました。ジュンサイは元々沼で自生するものですが、近年は外来種の影響で自生が厳しく、水田を利用して60cmから1mの深さに水を張って栽培されています。「ジュンサイ摘み」は若芽が出始める春から夏にかけて行われます。私が訪れたジュンサイ畑は可憐に咲く白い小さな花と水草の鮮烈な緑によって、抽象画の絵画を彷彿とさせる美しい景色を作り上げていました。

さあ、人生初のジュンサイ摘み。まずは水草が水面を覆い尽くす人工沼に小さな箱舟を浮かべ、そろりと一人で乗り込みます。水の上でゆらゆらと揺られながら、箱舟から水面にそっと手をくぐらせます。ほのかに温かく感じられる水温も、さらに深くまで手を伸ばしていくと冷たさを増していきます。水をさらさらとかき分け水草の茎を手繰り寄せるとジュレに身を包んだジュンサイが顔を覗かせます。ぬめりに手をとられないように気をつけながら、親指と人差し指でプチっとちぎり、手のひらで受け止めれば摘み取り成功です。

山々に囲まれたジュンサイ畑では、鳥のさえずりが四方から響き渡っていました。時折吹く風が箱舟を揺らし、浮き草と共に揺れに身を委ねていると、自然と一体化していくようでした。なんと心地よいのだろう、純粋にそう感じ深呼吸しました。

かつて、ジュンサイ摘みはお母さんたち女性の仕事だったそうです。朝から夕暮れまで箱舟に乗って同じ姿勢でジュンサイを摘む。これは想像以上に足や腰に負担のかかる重労働だったに違いありません。しかしお母さんたちは生活の営みとしてジュンサイを摘み、現金を稼ぎ子どもたちを学校へやっていたそうです。そんなジュンサイ摘みも携わる人たちがいなくなり、絶滅危惧種の仕事になりつつあるようです。

私が体験したたった1時間のジュンサイ摘みは、本当に気持ちがよく癒される仕事でした。こんな仕事がもっとあればいいのにと思うほどでした。日々都会で仕事をしていると、パソコンとにらめっこしていることが仕事のように錯覚を起こしてしまいます。しかし、人間の歴史を振り返ると、食を獲得するプロセスに仕事がたくさんあったはずです。そして、「食に関わる仕事」には先人たちの知恵が引き継がれているように感じます。

現代社会においてジュンサイ摘みを仕事に選ぶ人はほぼいないでしょう。しかし色んな働き方が設計できる現代において、ジュンサイ摘みが日々の仕事の一つとしてセレクトされてもいいのではないかと思うのです。時代とともになくなってしまう仕事の一つにジュンサイ摘みがリスト入りしてしまうのはどうしても惜しい。子どもたちも、暮らしに直結する仕事を日々の仕事の一つにしてもいいと思える機会があれば、仕事の幅は広がり仕事への価値観もきっと変わってくることでしょう。

ダイレクトに食に関わる仕事には、絶滅の危機に瀕しながら発掘を待ちわびている仕事がたくさん埋もれている、そんな可能性を感じずにはいられない時間でした。絶滅危惧種の仕事を探しに、また旅に出ようと思います。

 

福本理恵

vol.016
進化へのチャレンジ

デンマークに変革を起こしたと言われ、世界ランキング1位を4度も獲得した1軒のレストランをみなさんはご存知だろうか?そのレストランの名は「NOMA(ノーマ)」。世界中から年間100万件も予約が殺到するという、世界で最も予約がとりにくいレストランだ。今回、進化し続けるNOMAの料理に挑むためにコペンハーゲンにやってきた。

デンマークは元々プロテスタントの精神から食に対して禁欲的な国民性があり、食を楽しむという文化とは縁遠かった。それと相反してデンマークは農業大国でもあり、海に囲まれた地形からは新鮮な魚介が獲れた。これらの素材を生かしきれなかった伝統に、一石を投じたのがNOMAだ。北欧中から埋もれていた食材を探し出し、厳選した食材から季節を感じさせる新たな料理を次々に生み出している。食材のハンティングから、食材と調理法、空間や什器との無限にある組合せから、ベストマッチングするものを実験的に探し求めて一皿に仕上げていく。そのプロセスは凄まじい数のトライアンドエラーの蓄積だろう。今まで見向きもされていなかった野草や魚介にスポットをあて、それを活かす術を見つけていく過程は、どこか教育に通じるところがあると感じた。

ブルーグレイなデンマークの青空には蒼く風になびく麦がとても綺麗で、彩り豊かな建物とのコントラストがとても美しく広がっている。モノトーンのお皿の上に映えるビビッドな薔薇色のラディッシュのタルトや、蟻のペーストで酸味を出したアスパラガスなど、NOMAの料理はまさにデンマークの風景の記憶をお皿に体現したものだと感じた。常識を覆す料理を口にする度に、NOMAのマニアックなチャレンジに拍手を送りたくなる。繊細で丁寧な仕事がほどこされた一皿一皿に歓喜しながらも、食べるのは一瞬だ。しかし、その一皿を完成させるまでの時間と労力と情熱は計り知れないほど膨大だ。その勇気あるトライこそが、人々を魅了してやまないレストランとしての実績を作り出しているのだと思う。

食材が手に入らない時は3時間かけて国境を超えたスウェーデンまで代替を手配しに行くという。それさえも叶わず食材が手に入らない時は、メニューそのものを抜いてしまうというこだわりっぷり。そこまでする必要があるのか?というのは愚問なのかもしれない。あまりにも簡単に手に入るようになったインスタントな食べものにアンチテーゼを唱えながら、「そこまですることが必然なのだ」とNOMAは気持ち良く断言してくれそうだ。科学は日常のスピードを早め、スマートに食事ができる恩恵をくれた。だが、NOMAはむしろその対局にいる。どんなに科学が発展しようが、こんな泥臭いやり方は人間にしかできない。そして、この徹底したやり方こそが、世界一を獲得できる一流の仕事なのだ。

13時間かけてNOMAへディナーを食べに行く。この行動も多くの人にとっては理解不能なことかもしれない。でも私にとっては必然の選択なのだ。その必然性とは、好奇心に突き動かされるままに行動を起こしていくことが何かを生み出す起爆剤になることを実感することに尽きる。人を動かす「何か」に、時間と労力と情熱は欠かせないエッセンスにちがいない。子どもたちにこのスペシャルな体験をどう伝えようか、それを料理するのが私の新たなチャレンジだ。

 

福本理恵

vol.015
遠い異国で

美味しいものを食べるだけで、その瞬間、人は幸せになる。それが続いていけば、幸せを感じながら暮らすことができる。私はそう信じている。

10年ほど前、私は心理学を志して大学院の博士課程にいた。自閉症の認知について、基礎研究を行いながら自問自答していた。これだけの人に研究協力してもらいながら、私は目の前にいる彼らに何を返せるのだろうかと。彼らの認知傾向を明らかにしたところで、彼らを幸せにすることは私にはできない。そんな無力感と救われない虚無感の中で、私は自分の体を壊していった。体を壊した私は自分の生活を見直すため、昔から好きだった料理を自分のために作る時間を大切にする生活を復活させた。材料を切って炒めたり煮込んだりしながら、空腹を刺激する香りに包まれる静かな料理の時間。それはとても幸せな時間だった。自分の命を次の時間へと積極的に繋いでいく唯一の行為は「料理」かもしれないとその時感じた。大都会の真ん中で、高層ビルが立ち並ぶ景色をマンションのキッチン越しに眺めながら、人を幸せにするということは料理や食卓を共にすることがきっと叶えてくれる、そう確信した時でもあった。

あれから10年。私は大学院を中退し、食の道へと転向した。そして、料理で人を幸せにしたいという夢を叶えつつある。

4月の末、久しぶりの休暇で食の旅へとスペインに赴いた。丸一日かかってようやく辿り着くような遠い遠い国。豊かな緑と海に囲まれたスペインには心踊る料理や、食に関わって生き生きと輝く目をした人たちとの出会いがあった。人種や言葉が違っていても、同じように人は食べる。食べている時に会話しながら目尻を下げて幸せそうな表情をしている。どこに行っても、やはり食は偉大だ。根底にある私の信念を後押し、初心を思い出させてくれる時間だった。食は、幸せになるための魔法なのだと!

スペインの青すぎる空の下で、食を中心に学びと仕事が結びつき、ROCKETの子どもたちが自分の人生を笑って切り拓いていけるような未来を描こうと誓った。

 

福本理恵

vol.014
静かなサイン

春の訪れを象徴する桜の開花。多くの日本人が淡い薄紅色へと色づく風景に新しい季節の訪れを感じます。日本の風土には、そんな四季折々の変化を知らせてくれるサインがたくさん組み込まれています。はっきりと目に見える形として現れる自然界のデザインにふと立ち止まり感動する。そんな仕掛けに出会い、気持ちが揺り動かされると、自分の心の声に耳を傾けることができます。

都会の喧騒を忘れるような日本の原風景が残る旅先で、田圃の畦道に顔を出したつくしを発見した時。冬色の山に薄緑のふきのとうを発見した時。山菜の天ぷらや初鰹の美味しさに唸る時も、自然からのサインを受け取った時でしょう。その一瞬に時の気配を確実に感じ、心が浮き立ってきます。四季は人が機微を感受する基盤を作り、一瞬の美しさを愛でたり、旬の美味しい食べ物に舌鼓を打ったりと、私たちに幸せをもたらしてくれます。自然からのサインはとても静かだけれど、私たちの生活にアクセントを与えてくれるものなのでしょう。

しかし、日々慌ただしく過ごしているとそんなサインを見逃してしまいがちです。やらなければいけないことを最優先にし、無駄を省こうとした結果、静かなサインに気付かぬまま日常が過ぎてしまう、なんてことも少なくありません。自然が遠ざかった今、静かな息吹や気配を感じ取るためには、コツが必要なのかもしれません。そのコツこそ、「無為に時間を過ごすこと」。このことが持つ意味の重要性が改めて問われているように感じます。時間に追われ、無駄を省いて効率よく生きていく生活を送っている子どもたちを見ると、その気持ちが一層強くなります。彼らの生活の中には、きっと自然界からの静かなサインが届く余地はないでしょう。

何にもしない時間は現代社会では不要なものであり、不安を助長すると捉えられがちです。でもそれは逆なのではないでしょうか。かつての日本人が自然の粋な計らいに酔いしれたように、旬という自然界からのサインを感じ取れるチャンネルを開いたら、変化し続ける自分の心や生き様に「これでいいんだ」と安堵感や納得感を得られるような気がします。たまにはやらなければいけないことを脇に置き、春の陽気に誘われるまま静かなサインを受け取りに出かけてみませんか。

 

福本理恵

vol.013
極寒の海で

午前2時。外気温は-3℃。凍てつく寒さで頭の芯が痛む感覚に襲われながら向かったのは、漆黒の海が広がる漁港だった。「出発しよう!」その声に胸は高鳴り、寒さと緊張で背筋が伸びる。闇に飲み込まれていくように海へと向かう船に乗り込んだ。

こうして、私はホタテを養殖する漁師さんの漁場へと足を踏み入れることになりました。水しぶきを巻き上げながら船はどんどん陸から遠ざかり、もう戻れない場所まで一気に進んでいきます。 水墨画のような海と空をバックに、月がくっきりと光の輪郭を浮き上がらせ、美しい光景が静かに目の前を横切っていきます。船の上で何をすべきなのか聞かずに乗り込んでしまったことに、後悔先に絶たず。未知への不安と寒さで、体の震えが止まりません。

そんなことにはお構いなく、漁師さんたちにとっての日常は淡々と流れていきます。漕ぎ出してからしばらくするとエンジン音が止み、停泊した船は突如工場に変身。ベテランの漁師さんが慣れた手つきで海から浮きを引っ張り上げては、工場のオートメーションのように自動で養殖ホタテがついたロープを巻き取っていきます。続々と海から上がってくるホタテはエイリアンのような謎の物体が一面に付着した状態。これがホタテ?自分の目を疑う間もなく、カゴいっぱいに積み上げられたホタテが流れ作業で運ばれてきます。1箱5040785067kgにもなるカゴを2人1組で何度も持ち上げて段積みにし、順番にホタテの殻を洗浄機にかけていきます。機械から出てきたホタテはスーパーで目にする姿を取り戻していますが、まだなお殻に付

着物がついたままで綺麗だとは到底いえません。汚れのあるホタテをハイスピードで選別し、付着物を金属のコテで漁師さんたちがテンポよく剥離していきます。この一連の作業を延々繰り返して、4時間。

これこそが2月の漁師さんたちの日常の一幕です。どんなに寒い日であろうと、猛吹雪や荒波でない限りは海に出る。同じ作業を何度も繰り返し、何日も続けていく。寒空の下で船上にいた時間は、漁師さんが働き、生きていく様を体で理解した時間でした。言うのとやるのではまったく違う。痛みを伴う寒さや潮の香り、いびつなホタテの姿や格別に美しい闇の世界、採りたてのホタテの美味さ、これら全てがネット検索では決して味わうことのない自分の感覚を揺さぶるリアルなものでした。いくら本を読んでも感じ得ない、生きた感覚がそこにはありました。恐れることなく、リアルの世界に飛び立ってみれば、そこにはやった者しか感じて知ることのできない特別な世界が広がっている。最上級の学びは、本物の体験の中にしかない、極寒の海でそう確信しました。

 

福本理恵

vol.012
食わず嫌いは損をする

お湯を注げば、あとは3分待つだけ。カップヌードルは究極のコンパクト料理。3分で調理が完了して食べられるよう設計されたデザインそのものは圧巻です。実は、そんなカップヌードルに手を延ばしたのはかれこれ約10年ぶり。体に悪いからという信念にも近い想いで、私自身の食生活からは遠ざけていました。

しかし、10年の封印を破り「教材」として食べたカップヌードルは、違った価値を与えてくれるものでした。今月のROCKETでは、カップヌードルにまつわる10個の数字から徹底解剖し、カップヌードルを味わいつくすという内容のものでした。数字を通してカップヌードルを色んな視点から観ていくと、単純に善悪や好みでは答えの出せない価値観の葛藤が起こってきます。例えば「3」という数字からは、3分で食べられるという食品開発の裏にある開発者の発想とそれを支えた技術革新についての話題を、また「4.8」という数字からは1日の3分の2の摂取率に到達してしまうほどの塩分量について栄養学の話題を。はたまた、「1000億」という数字からはカップヌードルが世界で1年間に食べられている莫大な数の実態と、その普及の背景について想像力を巡らせます。

私のように体に悪いから食べたくないという選択肢を取るのも個人の自由でしょう。けれど、一義的な価値感にとらわれ過ぎていては、決して気づかない側面があることをカップヌードルの徹底解剖を通して学びました。10個の視点からカップヌードルを観た時、世界中で命を繋ぐためにカップヌードルを食べている人たちがいるという現状や、カップヌードルの普及を進めた宗教の食のタブー、そして社会構造の変化までもが見えてきます。今まで気にもとめなかった包装紙やそのゴミの分別方法までもが気になって仕方がない。そんな風に思えてくるのも、一つのものを多方面から見る視点を持てたからこそ。

物事を多様な切り口で捉えるということは、結局自分の価値観を広げ、選択肢を増やすということ。食わず嫌いのままに批判せず、色々な視点から咀嚼した上でどう向き合うかを選べば、もっと世界が広がるのではないかと思います。カップヌードルをすすりながら、そんな多様な見方が価値観の異なるもの同士の共存をしなやかに支えてくれる土壌をつくるのだろうなと思ったりするのです。

 

福本理恵

vol.011
ハレの日

謹賀新年。明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

新年の幕開けに、このフレーズとともに口に入れるのが「おせち料理」です。365日のうちの一日をまたぐだけなのに、一年をリセットして心機一転をはかれるお正月はやはり最上級のハレの日。そんな日に食べるおせち料理には、古人が祈りをこめた縁起物が御重に隙間なく詰め込まれています。まめに働けることを願う黒豆や、子孫繁栄を祝う数の子など。

そもそも、おせちを食べる風習も節句の習わしが変化したもので、普段の食を断ち縁起物を食べることで再生するという一種の通過儀礼の意味をもっていたようです。今やその伝統も形骸化し、おせち料理もクリック注文で買える時代となりました。それでもやはり、一年に一度しか食べることのできない「レア」なおせちを口にする瞬間、無事に迎えられた一年をありがたく噛み締め、先の一年の幸運を祈りたくなるのは大和魂を受け継いでいるからなのでしょうか。

私の実家の台所でも、毎年12月30日から戦闘態勢に入ります。大量に買込んだ食材の下ごしらえが始まり、段取りよく順番に料理へと仕上げていきます。小さいときから、気持ちだけは戦士のような想いで母が繰り広げる台所の大戦に参戦したものです。大人になり、メインとなっておせちを作った2013年の大晦日は、カウントダウンと共に大きな疲労感と達成感に包まれました。家の慣習として馴れ合いで作っていた時とはまるで違う、引き締まるような緊張感の漂う時間でした。それはもしかすると、通過儀礼で味わうような神聖な再生の儀式だったのかもしれません。特別な新たな日を迎えるための個人的な通過儀礼。

便利な時代に生きていると、日々の変化に疎く無頓着になっていくように感じます。そのような日常で、自ら手間ひまかけて完成させるおせち作りは、自分自身の日常に特別な時間を演出するという意味合いを持っていたのだと今になって感じます。社会の慣習ではなく、自分自身でハレとケを切り分けていく。そんな時代に生きていることを実感しながら、2016年の大晦日こそ、再びおせち料理に奮闘する時間を作り出すことを初日の出に誓いました。

時間がかかって面倒くさいことにどれだけ手を出して楽しめるか。これが私の2016年の抱負です。そのことがきっと自分の時間に特別な時をもたらしてくれるにちがいないと信じて。

皆さん一人一人にとっても、幸多きハレの時間が訪れる2016年となりますように!!

 

福本理恵

vol.010
ツワモノぞろい

昨年ROCKETで行った「解剖して食す」のプログラムでは烏賊(イカ)を解剖した。ヌルヌルした軟体動物に手をやり叫びながら捌いていた子どもたちの姿がまだ新鮮に記憶から蘇ってくる。あれからちょうど10ヶ月。再び、ROCKETに「解剖して食す」のプログラムがやってきた。今回のターゲットは、カッチカチの殻に身を覆われた甲殻類だ。海の生命体の多様性は実に見事だ。まるで戦闘機のような形をしたウチワエビや、アニメのキャラクターのようなセミエビが勢揃いすると、まるでツワモノの戦士達が並んでいるかのような物騒な風景だ。

2015年度のスカラー候補生達は、全員男子の強者そろいだ。と思いきや、甲殻類を前に腰がひけてひるんでいるではないか。強者たちが海のツワモノに挑む。そんなことを想定してツワモノを揃えたのに、イメージとはまるで違う光景である。

捌くことを想像することと、実際に捌くことは全く違う。予測不可能な微振動を繰り返す甲殻類の恐怖が手を通して伝わってくる。イメージの中にはリアルな固さや温かさ、動きなどはまるでない。手を通して感じる動きは、甲殻類が生きている証。生きている甲殻類の動きを封じることは、目の前の命を絶つということを意味する。食べることはそう容易くはない。食べられてたまるかと言わんばかりに殻のバリケードを全身に張り巡らせた奴らを食べるには、こちらも必死に向き合うしかない。

固い鎧の下に隠された美しい半透明の身を殻からはがした瞬間、ツワモノは美味しい食べ物に変身する。こんな格闘の末に海のツワモノ達をいただくとき、子どもたちは強者へと変身するエネルギーを得るのかもしれない。なりふり構わず彼らが奮闘してはぎ取った固い殻は、自分の心の殻そのものだったのかもしれない。

未知なものはコワイ。リアルな世界は予測不可能なことばかりだ。だからこそ、挑みがいがある。2015年冬、新たなスカラー候補生達の挑戦が、またROCKETキッチンから始まる。

 

福本理恵

vol.009
パリの風に吹かれて

芸術の都、パリ。時代を超えて様々な芸術が花開くパリの街並には、往年の時代を牽引してきた流行と、現代も次々と生まれゆく流行が、異なる表情を見せながら立ち並んでいます。流行の積み重ねが文化であることを教えてくれるパリ。

そんなパリでの暮らしを楽しむ上で欠かせないものの一つがマルシェでしょう。今回の旅では、アパルトメントで一週間ほど暮らすように滞在したため、ホームパーティーの食材をマルシェで調達することにしました。

目的地はイエナ広場のマルシェ。ここは三ツ星シェフが買いつけに来るほど美しくて鮮度の高い野菜を提供するお店もあり、人気の高いマルシェの一つです。凱旋門からまっすぐに延びるシャンゼリゼ通りから少し脇道に逸れ、エッフェル塔のある方角に位置する目的地へと歩を進めます。通りの先から聞こえてくる音につられ、足早に近づくとトランペットを演奏するおじさんを発見。その先に目をやると、500メートルほどに渡ってカラフルなテントが軒を連ねています。入口は色鮮やかに咲き乱れる花々や、芳醇な香りを放ちながら陳列された見事な果物でいっぱい。歓声とともに心が沸き立ちます。

スーパーでは感じられない活気がみなぎるのがマルシェの醍醐味。店主と客とのフランス語が飛び交い、和やかな会話とともに活きのいい食材が次々と売れていきます。初心者の私は全長500メートルの全てを網羅した中で、一番いい食材を選ぼうと躍起になり、片っ端から物色するだけの状態に。見たことのない巨大な舌平目に似た薄っぺらい魚や、ウサギやカエルの足、強烈な匂いを放つチーズなどがところ狭しと並んでいて、食材自らが魅力を主張してくるようです。見れば見るほど新しい食材と対面してしまい、頭の中ではメニューの組替えの嵐が吹き荒れます。ホームパーティーの時間が刻々と迫ってくるのに、目移りしてばかりで一向に選べません。

新鮮な素材が勢揃いしているマルシェでは、目利きと交渉力がとても大事。交渉の鍵となるフランス語どころか片言の英語しか話せない自分に嘆きながら、最後の手段は表情と指差し。これらを目一杯駆使して身振り手振りで交渉したら、欲しがっていることはお店の人に伝わったようで、ちゃっかりおまけまでいただきました。スーパーではこうはいかないけれど、マルシェでは要は想いが肝心なのかも!想いは言語を越える、なんて前向きに切替えられたらあとは勢い任せです。500メートルのテントの道を行ったり来たり走り回りながら、時間とともに少なくなっていく食材の中から夜のパーティーの材料を何とかゲットできました。

初めてのパリのマルシェは、パリジェンヌのように優雅なお買い物、というイメージとはほど遠いものでした。苦い経験から感じたことは、マルシェマスターになる最大のコツは余裕をもつということ。人生を楽しむ心のゆとりをもつ、そんな大切なことを忘れていたことをパリのマルシェは教えてくれました。何かを求めて躍起になって焦るよりも、その時その場にしかない人や食材達との出逢いを楽しめるゆとりこそ大切なんだと。心地よく冷たいパリの風を受けながら、存分に人生を楽しんでもう一度パリのマルシェに来ようと心に決めました。

 

福本理恵

vol.008
「ありのまま」を育てる

秋の果物といえば、葡萄!!一粒ずつ薄いベールに包まれながら、しとやかな顔つきで連なる様子は王妃の首飾りのよう。気品溢れる葡萄も、地道な皮むきによる手の汚れと格闘せねば、芳醇な味わいを楽しむことのできない手間のかかる果物です。一粒口に入れてしまうと、一貫の終わり。もう一粒、さらにもう一粒と飽くなき皮むきで指先を紫色に染めることになります。

先日、そんな魅惑の果物を求めて、甲州のとある場所へ赴きました。目的は食べる葡萄ではなく、飲む方の葡萄、ワインの作り手に会うためです。お会いした作り手さんが作るワインは発売と同時に売り切れるという「幻のワイン」。大地の力強さを持ちつつも、刻々と味わいを変えて異なる表情を見せてくれる、まるで生きているかのような生命力を感じさせるワインです。

通常のワイン作りでは、最新の技術を駆使して管理し、定まった味を作るために手を尽くします。しかし彼の作り方はいたってシンプル。出来る限り手をかけず、自然のままに自らの力でワインが育ちゆくことを手助けするだけ。その結果、大地を反映した形で出来たものがワイン本来の味。それゆえ、土地そのものを搾って出来たようなワインが彼の理想なのです。だからといって何もしないということでは決してありません。化学肥料や除草剤は用いず、葡萄に害を及ぼす虫が出た際には、ひたすら手作業で虫を捕る作業に明け暮れることもあるそうです。目の前の葡萄と、葡萄が根付くその大地に真摯に向き合い、日々発生する必要最低限の援助を必死に行うという姿勢がそこにはありました。彼が語る言葉と生き様から、「ありのまま」の力を発揮できるという状態は、周りの努力によって導かれるものでもあるのだとも感じました。

自然とは本来不確定なもの。だからこそ、不揃いさがもつ自然美への感動や、変化への驚きや発見が生まれるのだと私は思います。市場が求める味を答えとして、製品を一定の味に決めてしまった時点で、そこから外れたものは間違いや出来損ないとなってしまいます。答えを一方向に求めず、素材の持つ本来のポテンシャルを引き出すために瞬間瞬間にひたむきに向き合い、ありのままを受け容れたとき、かけがえのないONLY ONEが奇跡的に生まれてくるように思います。

「ありのままに生きる」そんなことが出来ている彼の葡萄たちはきっと幸せなのだと思います。だからこそ、躍動感ある生き生きとした味わいを私たちに提供し、幸せな時間をお裾分けしてくれるのでしょう。彼のワインを嗜みながら、自然の一部である私たち人間もきっとそうなんだろう、と妙に腑に落ちるところがありました。一心不乱に黙々と葡萄と格闘できるのも、ワインを飲みながら秋の夜長を堪能できるのもあと少し。私も指先を葡萄色に染めながら、移りゆく季節をあるがままに過ごしたいと思います。

 

福本理恵

vol.007
動物と人間を隔てた道具

ちょっぴり背伸びしたドレスに身を包み、人生をお祝いする特別な日。憧れのレストランで贅沢なフルコースに舌鼓を打っていると、優雅な音楽とともに弾む会話と笑い声、時折ナイフとフォークを動かすカチャカチャという音が遠慮がちに聞こえてきます。

初めて経験する特別な日、ナイフとフォークを持つ手に戸惑いがあったことを覚えていませんか?私が初めてフレンチを食べたのは、中学生の春でした。校舎に隣接したカトリック教会の敷地内にあったフレンチレストランに、友人のご両親に連れられて赴いた初めてのフレンチ。次から次へと運ばれてくる彩り豊かなお皿に胸躍らせながらも、ナイフは右手か左手か、そればかりが気になって、美味しい料理や会話は上の空。「テーブルマナー」が先行して、気取った振る舞いとは裏腹に心の方は大慌て。目の前で展開するマジックのような演出に驚きつつも、腕の筋肉をあんなに意識したのはあまりない体験だったかもしれません。

こんな風に、ドギマギしながらも両手でナイフとフォークを使いながら料理を楽しむのは、生物界を見渡しても人間だけです。そんな人間界に初めてのナイフが登場したのは狩猟採集の時代のこと。そのナイフは黒曜石で作られた小型ナイフで、仕留めた動物の皮を削ぎ、肉を切り分けることに重宝する道具でした。一方、フォークが食卓に登場するのは11世紀のこと。武器や農具として使われてきた器具が改良され、徐々にイタリアで浸透し、メディチ家を通してフランスからヨーロッパへと一気に広まります。

初めてナイフを使った人も、フォークを使った人も、フルコースを初めて食べた時の私のようにドギマギしながらぎこちない手つきで道具を操っていたのかもしれません。自然界に存在した鉱石や木、動物の骨や角の偶然の形に閃きを得て、道具の原材料としたことからカトラリーの歴史は始まります。その後、加工技術の発展により、場面や用途に応じた形と機能の追求がなされ、今では多様なカトラリーが身の回りに溢れる時代となりました。

道具を使って食事をする動物は、人間の他に一部のサルやチンパンジーでも存在します。ですが、原料の自然美を生かしながら、「用の美」を追求し続け、他者との楽しい食事の場面の演出にそれを用いたのは人間だけです。「命をつなぐために食べる」という生存欲求を越え、道具やデザインなどの演出で「幸せな時間を誰かと共有するために食べる」という行為を進化させてきた人間という生き物に、どこか切なさと愛着を感じてしまうのは私だけでしょうか。文化というものが形になる背景に、人間ならではの「知恵」と「欲」の蓄積を感じずにはいられません。人間は1人では生きていけない動物です。そういう意味において、カトラリーは他者と自分を繋いでくれる道具なのかもしれませんね。そんなことを考えながらナイフとフォークを握りしめていただく食事は、それだけでもう十分スペシャルなものに違いありません。

 

福本理恵

vol.006
アイスクリームの甘くない話

灼熱の太陽がジリジリ照りつけ、夏蝉が命がけの叫びを轟かせる猛暑日。額の汗を拭いながらアイスクリームを食べる時間は、まさに至福のひととき。すくうとすぐさま甘い液体に姿を変えるアイスクリームは、しばし儚い夢に酔いしれさせてくれる麻酔のような存在かもしれません。しかし、そんなアイスクリームも紆余曲折を経て、万人の愛すべき食べものとなったのです。アイスクリームの甘くないヒストリーを、是非アイスクリームを食べながら読んでみて下さい。

1840年代までのアイスクリーム作りは、半日を要する大仕事でした。100円を握りしめてコンビニまでひとっ走りすれば手に入る2015年と比べると、ウソのようなほんとの話です。しかも、現代のように料理上手なママが愛すべき子ども達のために作るスウィートなものではなく、怪力の男が身分の高い支配階級の人達のために作るシビアなものだったのです。

それもそのはず。その当時は冷凍庫もありません。当然、自動製氷機システムも、小分けに氷が作れる製氷皿もありません。そのため、氷が溶けない時期にだけ大きな氷を切り出し、その氷を細かく砕くことさえも手動でやらねばならなかったのです。もちろん、ワンプッシュで自動回転してくれるアイスクリームメーカーも発明されていなかったため、人力で回転させるしか選択肢はありませんでした。

-10℃ほどにキンキンに冷やし続けた状態で、何度も、何度も撹拌し続けなければ、滑らかで舌触りのいいアイスクリームとは出逢えません。だからこそ、アイスクリーム作りには財力、腕力、根気の3つが必須だったわけです。大量の氷と塩を使い、筋トレ強化トレーニングのような労力を払ってはじめてアイスクリームは出来上がるのです。一度でも家電に頼らずアイスクリームを作ったことがある人はきっとお分かりでしょう。その過酷さを…

また、私たちが当たり前のように食べているアイスクリームコーンの流通にも、なんともほろ苦い史実が関わっています。歯車での動力が活用され、大量に生産できるようになったアイスクリームは路上で売られるようになっていきます。その際、ガラス製の小さなグラスにアイスを入れて客に売っては返却してもらい、そのグラスを再利用して次の客に提供していました。つまり、洗わずに使い回すという訳です。1920年代、結核などの伝染病が流行っている時に食品を提供する方法としては、不衛生きわまりなく最悪な手段。そこで、使い回しのグラスにとって変わったのが食べられる器、アイスクリームコーンでした。アイスクリームコーンは瞬く間に市場に広まり、今となってはアイスクリームとコーンは切り離して考えられないほどの最高のパートナーとなっています。

我々が求めてやまない、ひんやり冷えた甘いアイスクリーム。現代のアイスクリームの形は、人々の熱狂的な支持を受けながら、甘くない状況を経て辿り着いた最終形なのです。機会があれば一度、蝉の声をBGMに、汗だくになりながら手回しで作ったアイスクリームを食べてみてください。ほんのり感じる塩味とともに、今までにない感動と爽快感が体中を駆巡るはずです。

 

福本理恵

vol.005
ハンバーガーを科学する

イソップ童話の「金の斧」をご存知ですか?物語の中では、湖に斧を落とした木こりに対して、湖から現れたヘルメスという神さまが尋ねる場面があります。「あなたが落としたのは、金の斧ですか?銀の斧ですか?木の斧ですか?」正直に話した木こりは全ての斧をヘルメス神から与えられる、こんな話です。

さて、イソップ童話の「金の斧」と同じようなシチュエーションが、ハンバーガー作りでも起こります。カチカチに凍らせたパテから、ジューシーで美味しいハンバーガーを作るとき、私は子ども達に尋ねます。「あなたがハンバーガーのパテを解凍するために使うのは、銅の板ですか?アルミの板ですか?ステンレスの板ですか?それともアクリル板ですか?」斧をなくした木こりのように、美味しく肉を解凍するのに正直さは必要ありません。代わりに必要になるのは、「科学の理屈」です。

提示された4枚の板を前に、子ども達は板を触りながら口々に叫びます。「銅!」「アクリルの方が触るとあたたかいよ」「ステンレスのフライパンが多いからステンレス」これらは全て感覚的な答えですが、果たしてどれが一番早く解凍できるのでしょう?

厚さと大きさと重さを均一にしたパテを4枚の板の上に置いて、いざ実験開始です。

温度計をパテに突き刺して、温度変化を観察します。5分経過、10分経過、、秒針が時間を刻むごとに変化する温度計の数字に一喜一憂する子ども達。15分後、完全に解凍されていたのは、銅とアルミの2種類のみでした。ステンレスも7割ほど解凍されていましたが、アクリルに至っては3割くらいしか解凍できてない有様です。この違いは一体どこから来るのでしょう。不思議に思って解凍された後の板をもう一度触ってみると、銅が一番冷たくなっています。この冷たさは、「熱伝導」によって銅板の熱が冷たく凍ったパテに移動し、その結果銅板の温度が奪われたということを物語っていました。

解凍が「熱伝導」によるものだと知った子ども達は、起きる現象の裏側に「科学の理屈」があることを実感とともに学びます。実感を持った子ども達は「熱伝導率」という言葉に魅せられて、今度は自ら実験をはじめるに違いありません。フライパンの取手の木とフライパンの熱さの違い、真夏の灼熱の太陽を浴びた車の車体と窓ガラスの温度の違いなど等。全く関連性のないように見える現象が「熱伝導」という言葉によって、理路整然ときまりをもった現象に見え始めるかもしれませんね。

福本理恵

vol.004
エジソンが作った調理器具

いくつもの発明品を世に送り出したエジソン。その数はなんと1,000を優に超えます。その中でも電球は最も有名な発明品でしょう。電球を作ったエジソンはアメリカで初めて発電所を作った会社の経営者でもあります。彼は発明家としての功績とともに、送電のインフラ整備という壮大な事業も成し遂げました。この功労は電気の恩恵を受けずには生きられない現代社会を作り出した革命ともいえるでしょう。

この革命において、エジソンは一定量の電気を各家庭に供給するための秘策を編み出します。電気の需要は暗闇の夜に高く、日中は低い。この変動を少なくするために、彼は日中にも電気を使う仕組みを考えつきます。それがトースターに代表される家電製品の数々なのです。家電製品があれば、昼夜問わずに電気を使う生活に転換できるからです。

実のところ、産業革命以前は、パンはトースターでなく窯で焼かれていました。産業革命後、パン釜はレンガ作りの円形から鉄製の四角に変貌し、それに合わせるように、一気に大量に効率よく焼ける四角い「食パン」が生み出されます。トースターはそんな食パンを失敗なく熱々に焼き上げる名器として爆発的な人気を博します。今や各家庭に一台はあるトースター。このトースターは、産業革命による大量生産の始まりと、電気が生活に導入され大量消費する時代の象徴ともいえるかもしれません。

そんな話を聞いたらトーストが食べにくくなるじゃないか…そんな声が聞こえてきそうです。私たちが生きる現代は、エジソンの発明や産業革命による工業化の恩恵を受け、便利で効率よく回る時代です。もはやトーストを食べることをやめることは至極困難な時代かもしれません。ですが、トーストをトースターで焼かず、たまにはアウトドアでするように、火をおこして古代のような焼き方を選択する日があってもいいかもしれません。エジソンはそんな私たちの選択を見て悲嘆に暮れるかもしれませんが…。庭やベランダで育てた野菜を摘み取り、そのままトーストに挟んでサンドイッチにするという選択もあるでしょう。生産という選択肢も大量消費社会におけるオルタナティブな選択の一つです。

エジソンがトースターを作った時代からすると凄まじい勢いで資源を失いつつある現代。私たちはエジソンが生きた時代の選択肢とは異なる環境下で生きています。限られた資源を前に、私たちは何を選択し、食べていくのか。毎日の食事でさえも、私たちは選択できる自由をもっているのです。エジソンの作ったトースターは、毎朝トーストの香ばしい匂いと共に、私たちに食の選択について気づかせてくれる新たな名器になるかもしれません。

 

福本理恵

vol.003
オレンジの球体から世界を見る

身近にあるものを違う角度から見つめ直してみると、驚きや発見とともに日常と非日常の世界が繋がって見えてきます。これはまさに「オレンジの球体から世界を見る」というプログラムで実感してもらいたかったこと。

コンビニでもスーパーでも、必ず陳列されている紙パックのオレンジジュースですが、果たして「オレンジジュース=オレンジ」という式は正しいのでしょうか?

何となく直感で違うと感じる方も多いかもしれません。その直感通り、答えはNOです。では、何がどう違うのでしょう?

その解説には外せない4文字があります。それが紙パックに書かれた「濃縮還元」。なぜ一度濃縮して、また還元する必要があるのか?どうしてそんな手間をかけるのか?そもそも原料はどこからどのように運ばれてくるのか?考えるほどに湧き起る「なぜ?」という疑問に出会う時こそ、私たちの生活に溶け込んだオレンジジュースから非日常の世界へドアを開く瞬間です。

流通リスクとコストを下げるために不可欠な「濃縮還元」というプロセスや、海外でのシステマティックな大量生産を知り、さらに、貿易が活発化する現代の産業構造の変化や、安い労働賃金で働く現地の人の姿など、様々な社会問題にまで思いを馳せる。

その事実に触れた時、日常にあるオレンジジュースは、自分たちとは全く異なる世界、つまり、非日常によって生まれているという衝撃的な驚きに包まれます。

そしてこの「驚き」は、自分の手でオレンジを搾って1杯のジュースにした時に「発見」へと変わります。1杯のジュースを作るのにも、搾り方によって量が変わり、選ぶ柑橘の種類によってコストが異なる。そうやって自作したオレンジジュースの価格を算出すると、売られているジュースの3〜4倍もの値段になる。そこに人件費まで加算されると、ものすごい金額になる。それが分かった時に初めて、子ども達は「オレンジジュース=オレンジ」ではないということの意味を、実感として得るのではないでしょうか。

自分の日常と、思いもよらなかった非日常がこうして繋がり、躍動感をもって人生に必要な知恵となる。この日、得た驚きと発見によって、子ども達はきっとオレンジの球体を違った目で見つめ始めることでしょう。

 

福本理恵

vol.002
イカの世界を冒険しよう

得体の知れない未知の生命体に遭遇した時、あなたならどうしますか?食文化の歴史から見ると、私たちの祖先は勇気をもって「食す」という選択肢を多くとってきました。もし人に好奇心がなければ、これほど多種多様な食材を生み出し続けることは不可能だったでしょう。その中には、初めて食べた人の勇気を称えたいと思う食材も山ほどあります。「イカスミ」もその典型的な食材でしょう。

2月のROCKETプログラムで与えられた食材は「イカ」。

お馴染みの食材ですが、イカスミを自分で取り出し調理した人は少ないのではないでしょうか。今回のミッションは墨袋を破らずにイカスミを取り出し、イカスミのパエリアを作ること。そして彩りと形を考えて一皿に美しくデザインすること。

イカをさばくための方略を一切与えられない状態で、突如目の前に現れた5種類のイカ(スルメイカ、ヤリイカ、甲イカ、ヒイカ、アカイカ)。これらの食材を、食欲をそそる料理へと変容させることはある意味「冒険」です。墨袋はどれなのか?可食部はどこか?加熱の程度やカットの仕方はどうするか?

次々出てくる問題を解消する唯一の方法は、頭と手を動かすこと。子ども達にとって、イカを解剖して食すということは、未知への答えを自分の中から導きだすことを体感させてくれるものだったに違いありません。悪戦苦闘の末、完成した一皿の上には「自分だけが見つけ出した解」が躍動感をもって美しく盛りつけられていました。

料理とは日常にあるとても小さな冒険。その冒険の中には、人の好奇心が新しいものを生み出していく瞬間がきっとたくさん詰まっているはずです。

 

福本理恵

vol.001
ROCKETキッチンから

料理は学ぶためのツール!!ROCKETキッチンでは、料理をしながらいつの間にか算数や理科や社会など教科に関わることまで学べてしまうという美味しい仕掛けが詰まっています。例えば、紅茶を題材に、産業革命や産地などの地理の話から航海が始まった頃の歴史の話まで、色々な分野の事柄につなげながら知識を体系づけていくことができます。料理をつくることで知識や知恵を自分のものにしていく、それがROCKETキッチンでの学びの流儀。美味しいものを囲んで楽しい会話と笑顔が弾むキッチンにこそ、新たなイノベーションの種があるのかもしれません。「ROCKETキッチンから」のコーナーでは、そんなキッチンで起こる一幕を皆さまにお届けしていきます。どうぞお楽しみに!

 

福本理恵

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